宮澤 佳甫さん 写真
Research NEWS

カビが植物の硬い壁を突き破る力の正体を解明
―糸状菌の新規ポリマーが生物界屈指の膨圧を制御―

理工研究域フロンティア工学系/ナノ生命科学研究所、助教
宮澤 佳甫MIYAZAWA, Keisuke

 理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター植物免疫研究グループの熊倉直祐上級研究員、白須賢グループディレクター、金沢大学理工研究域フロンティア工学系/ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の宮澤佳甫助教らの国際共同研究グループは、植物病原菌(糸状菌)における膨圧(※1)発生に必要な新規遺伝子ペアを発見し、これが新規ポリマーの生合成を通じて感染に必要な膨圧を制御することを明らかにしました。

 本研究成果は、細胞における膨圧発生メカニズムの理解を深めるとともに、病原性のみを抑制する低環境負荷型農薬の開発に貢献することが期待されます。

 今回、国際共同研究グループは、植物病原糸状菌(カビ)が宿主植物に侵入する際に形成する感染用の細胞「アプレッソリア(付着器)(※2)」に着目しました。アプレッソリアは、車のタイヤの空気圧の約40倍にも及ぶ生物界屈指の高い膨圧を生み出し、その力で硬い植物表面を突き破り、感染を可能にします。

 国際共同研究グループは、アプレッソリア形成時に遺伝子発現が上昇する機能未知の遺伝子を、独自に開発したゲノム編集技術で破壊し、病原性に寄与する遺伝子のスクリーニングを行いました。その結果、膨圧形成に必須な二次代謝物生合成酵素(※3)ペアであるPKS2およびPBG13を同定しました。さらに、PKS2およびPBG13はジヒドロキシヘキサン酸(dihydroxyhexanoic acid:DHHA)(※4)をモノマー(単量体)単位とするポリマー(重合体)を生合成することで、アプレッソリアの膨圧形成に寄与することを明らかにしました。

 本研究は、科学雑誌『Science』オンライン版(2月12日付:日本時間2月13日)に掲載されました。

 

図1:高い膨圧により植物細胞に菌糸を侵入させる植物病原糸状菌のアプレッソリア

図2:PKS2およびPBG13はDHHAをモノマーとするポリマーを生合成
A. PKS2 および PBG13 を菌糸で異所発現させたイネいもち病菌において、分子量 130 刻みの化合物 ピークが検出された。PKS2 および PBG13 発現株が C6H10O3(分子量:130)をモノマー単位とするポリマーを生合成することが示された。
B. 高分解能質量分析およびNMR解析により、PKS2 および PBG13 産生ポリマーのモノマー構造を決定した。PKS2 および PBG13 は、DHHA モノマーがエステル結合したポリマーを生合成することが明らかとなった。
C. 炭疽病菌アプレッソリアから DHHA を検出した。In vitro(試験管内)条件下で高密度誘導したアブラナ科炭疽病菌野生型のアプレッソリア抽出物から DHHA が検出された一方、pks2 および pbg13 変異体からは検出されなかった。m/z:質量電荷比で、分子量を表す。
D. PKS2 および PBG13 の生化学反応により、DHHA が生合成された。

 

【用語解説】

※1 膨圧、浸透圧調整物質、浸透圧、半透膜
 半透膜は水分子を通す一方で、一定のサイズ以上の溶質を通さない小さな孔を持つ膜のこと。半透膜で隔てられた二つの水溶液の間では、溶質濃度の差によって水分子が濃度の高い側へ移動しようとする力が働き、これを浸透圧と呼ぶ。半透膜を透過できない溶質は浸透圧調整物質と呼ばれ、濃度差が大きいほど浸透圧が高くなる。水中で形成されるアプレッソリア(※2参照)では、細胞壁が半透膜として機能し、その内部に浸透圧調整物質を高濃度に蓄えることで大きな浸透圧が発生する。その結果発生するアプレッソリア内部の水圧が膨圧となり、硬い植物表面への侵入を可能にする。

※2 アプレッソリア(付着器)
 糸状菌が形成する主に感染の専門細胞。19世紀後半にドイツで炭疽病菌(※5参照)の顕微鏡観察により発見・命名された。付着する・押し付けるという意味を持つラテン語に由来するappressorium(複数形appressoria)と名付けられ、付着器と訳される。植物病原糸状菌においては、炭疽病菌やイネいもち病菌(※5参照)が、宿主植物への侵入に用いることがよく知られている。植物組織に強く接着し、高い膨圧を利用して植物組織を突き破ることで、侵入を成立させる。

※3 二次代謝物生合成酵素
 直接の生存には必須ではないものの、環境への適応や生物間相互作用を助ける二次代謝物の生合成に寄与する酵素の総称であり、細菌、糸状菌、植物などに特有である。二次代謝物の一種であるポリケタイドを合成するポリケタイド合成酵素(PKS)をはじめ、二次代謝物の構造や反応様式に応じて多様な種類が知られている。本研究で同定したPKS2およびPBG13はいずれも、ポリケタイド生合成に関与する二次代謝物生合成酵素である。

※4 ジヒドロキシヘキサン酸(dihydroxyhexanoic acid:DHHA)
 炭素分子6個から成る炭素鎖にカルボキシ基(―COOH)と二つのヒドロキシ基(―OH)を持つ有機酸である。化学式はC6H12O4、構造式は図2Bに記載。本研究では、この分子がエステル結合で連結(各連結でH2O 1分子が外れる)したポリマーが、細胞壁の性質を変化させる性質を持つことが示された。

※5 炭疽病菌(たんそびょうきん)、イネいもち病菌
 いずれも作物被害をもたらす植物病原糸状菌である。炭疽病菌(Colletotrichum属菌)は現時点で260種以上が報告され、世界中のほぼすべての作物から被害が確認されている。日本では特にイチゴに被害を与える病原菌としてよく知られている。なお、家畜やヒトに感染する細菌の炭疽菌(Bacillus anthracis)とは完全に別種である。イネいもち病菌(Pyricularia oryzae/Magnaporthe oryzae)はイネに甚大な被害を与える植物病原糸状菌で世界的に最も重要な病害の一つとされている。近年ではコムギへの感染も報告され、アフリカや南米を中心に被害が拡大している。

 

プレスリリース

ジャーナル名:Science

研究者情報:宮澤 佳甫

関連情報

金沢大学 ナノ生命科学研究所

金沢大学 理工学域 フロンティア工学類

金沢大学 大学院 自然科学研究科

 

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