金沢大学医薬保健学総合研究科の日本学術振興会特別研究員(PD)の彭雨波、医薬保健研究域医学系の津野祐輔助教、三枝理博教授らの研究グループは、体内時計中枢である視交叉上核において、GABA 神経ネットワークが 1 日の活動タイミングを制御する仕組みを明らかにしました。
ヒトを含む哺乳類では、睡眠や行動、体温、ホルモン分泌などが約 24 時間周期で変動する概日(サーカディアン)リズムに従って調節されています。このリズムは、脳の視床下部にある視交叉上核によって生み出され、約 24 時間の周期を刻むとともに、1 日の中で「いつ活動し、いつ休息するか」といった行動や睡眠のタイミングを決める役割も担っています。しかし、こうしたタイミングの制御が、視交叉上核内のどのような神経回路によって支えられているかについては、これまで十分には解明されていませんでした。
本研究では、視交叉上核において、バソプレシン(※1)産生神経細胞から血管作動性腸管ペプチド(VIP、※2)産生神経細胞へと伝わる、GABA(※3)を介した情報伝達に着目しました。その結果、この神経回路の活動バランスが変化すると、約 24 時間という周期そのものには影響を与えずに、動物の行動リズムのタイミングや、活動期と休息期の時間配分が変化することを明らかにしました。
これは、体内時計が「どれくらいの周期で動くか」だけでなく、「1 日の中でいつ行動するか」という日常生活の時間構造の調整にも関与していることを、神経回路レベルで示す重要な知見です。
ヒトの睡眠や覚醒のリズムは、意志だけで自由に変えられるものではなく、脳の体内時計回路によって精密に調整されています。本研究は、「眠ろうとしてもすぐに眠れない」「生活リズムが整いにくい」といった日常的な現象の背景に、このような神経回路が関わっている可能性を示しています。今後、本研究の成果は、睡眠障害など、体内時計の乱れに起因するさまざまな疾患や健康障害の予防・治療につながることが期待されます。
本研究成果は、2026 年 3 月 9 日に米国科学誌『PLOS Biology』のオンライン版に掲載されました。

図1:視交叉上核におけるバソプレシン産生神経細胞から VIP 産生神経細胞への GABA 作動性神経ネットワークが、概日行動リズムの活動/休息のタイミングを決定する仕組みのモデル
マウスは夜行性であり、VIP 産生神経細胞は休息期(昼)に活性化する。バソプレシン産生神経細胞から放出される GABA は、中間の GABA 作動性神経細胞を介して、VIP 産生神経細胞への抑制を弱める(脱抑制)。この作用は朝に強く、夕方では比較的弱い。こうした脱抑制により VIP 産生神経細胞の活動が増強され、その結果、朝(Morning: M)の自発活動終了のタイミングの形成に関与し、さらに夕方(Evening: E)の活動開始のタイミングにも影響を及ぼすと考えられる。
原図:Peng Y. ら(PLOS Biology, 2026)。CC BY 4.0 ライセンスに基づき、著者らが翻訳・改変。https://creativecommons.org/licenses/by/4.0
【用語解説】
※1 バソプレシン(AVP: Arginine vasopressin)
脳や体内で働くペプチドの一種。視交叉上核のバソプレシン産生神経細胞(AVP ニューロン)は背側に存在し、概日時計の周期決定に関与する。
※2 血管作動性腸管ペプチド(VIP: vasoactive intestinal polypeptide)
神経伝達に関わるペプチドの一種。視交叉上核の血管作動性腸管ペプチド産生神経細胞(VIP ニューロン)は腹側に存在し、環境光の情報を受け取り、概日時計の同調やリズム維持に重要な役割を担う。
※3 GABA(ギャバ)
脳内で広く使われている神経伝達物質の一つ。多くの場合、神経細胞の活動を抑制する方向に働く。
ジャーナル名:PLOS Biology
関連情報
金沢大学 大学院医薬保健学総合研究科・医薬保健学域医学類:https://www.med.kanazawa-u.ac.jp/index.html
統合神経生理学研究室:https://sites.google.com/view/neurophysiol-kanazawa-u/