ベンゼンとハロゲンの結合を有機触媒の力で切断

掲載日:2021-6-30
研究

金沢大学医薬保健学域薬学類の松木佑樹さん,大西汀紗さん,掛布優樹さん,大学院医薬保健学総合研究科の竹本俊佑さん,石井卓也さんおよび医薬保健研究域薬学系の長尾一哲助教,大宮寛久教授の研究グループは,環境負荷の少ない有機触媒(※1)を用いて,芳香族ハロゲン化合物(※2)のベンゼン環とハロゲン基の結合を切断し,芳香族ラジカル(※3)を発生させることのできる画期的な化学反応を開発しました。この化学反応は,医農薬,化学材料を精緻に組み上げる強力な有機合成技術となります。

ベンゼン環とハロゲン基が結合した芳香族ハロゲン化合物は,入手が容易で,かつ化学的に安定していることから,有機合成におけるベンゼン環の供給源として用いられています。例えば,有毒なスズ化合物を利用することで,芳香族ハロゲン化合物から,高い反応性を持つ芳香族ラジカルを発生させる化学反応は,ベンゼン環を供給する手法として古くから知られています。近年,芳香族ハロゲン化合物を金属触媒あるいは光触媒(※4)により一電子(※5)還元し,続いてベンゼン環とハロゲン基の結合を切断することで,芳香族ラジカルを発生させる化学反応が開発されています。しかし,報告されている手法は,金属塩や過剰の酸化剤や還元剤を必要としていることから,より環境負荷の少ない化学反応が求められています。

本研究グループは,チアゾリウム型含窒素複素環カルベン(※6)触媒を用いることで,芳香族ハロゲン化合物の一種である芳香族ヨウ素化合物から,光や金属塩を必要しない穏和な条件下において,ベンゼン環とハロゲン基の結合を切断し,芳香族ラジカルを発生させることに成功しました。本研究グループの独自技術である「電子反応を制御する含窒素複素環カルベン触媒(※7)」を発展させることで実現しました。この化学反応により発生させた芳香族ラジカルを活用することで,アルケン(※8)化合物あるいはアミド(※9)化合物を高い付加価値を持つ有機分子に変換することができました。

本研究成果は,環境負荷の少ない有機触媒を用いることで,芳香族ハロゲン化合物を芳香族ラジカルに導く化学反応を開発したものです。有機合成に汎用される芳香族ハロゲン化合物から芳香族ラジカルを簡単に発生させることできるため,医農薬,化学材料を精緻に組み上げる強力な技術となることが期待されます。

本研究成果は,2021年6月22日10時(英国夏時間)に『Nature Communications』のオンライン版に掲載されました。

 

図1.概要図:これまでの研究と本研究の比較

 

 

図2.アミドの脱水素型アシル化反応により合成された医薬品誘導体

 

 

【用語解説】
※1 有機触媒
化学反応の際にそれ自身は変化せず,反応を進みやすくする触媒のうち,金属元素を含まず,炭素・水素・酸素・窒素・硫黄などの元素から成る,触媒作用を持つ低分子化合物。

※2 芳香族ハロゲン化合物
芳香(ベンゼン)環上の水素の一つがハロゲン(F, Cl, Br, I)原子に置換した化合物。

※3 芳香族ラジカル
不対電子を有する芳香族(ベンゼン環)化合物。

※4 光触媒
光(ここでは可視光)を吸収することで電子あるいはエネルギー移動が行える触媒。

※5 電子
原子を構成する負電荷を持つ粒子。

※6 カルベン
炭素周りに6電子しか持たない二価化学種。

※7 電子反応を制御する含窒素複素環カルベン触媒
・金沢大学プレスリリース(平成31年2月26日)
1電子を操るメタルフリー触媒で合成後期における医薬品・天然物の変換を実現
・金沢大学/JSTプレスリリース(令和2年7月22日)
電子反応を制御する有機触媒~創薬研究につながる複雑かつ嵩高い分子をつくり出す~

※8 アルケン
炭素と炭素の間に二重結合を持つ化合物。

※9 アミド
アンモニアあるいはアミンの水素原子をアシル基で置換した化合物。

 

 

詳しくはこちら

Nature Communications

研究者情報:大宮 寛久

研究者情報:長尾 一哲

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