銅に色素を塗るだけでスピン変換機能を発現

掲載日:2019-9-13
研究

金沢大学ナノマテリアル研究所の石井史之准教授,大学院自然科学研究科博士後期課程3年の山口直也さんらと,東京大学物性研究所,東京大学大学院工学系研究科,同大学院新領域創成科学研究科,理化学研究所および大阪大学との共同研究グループは,青や緑の顔料として有名な色素分子であるフタロシアニン(※1)を金属銅の表面に塗るだけで,スピン流(※2)を電流に変換する機能が発現することを実証しました。

電子の持つ電荷に加え,原子スケールの磁石であるスピンの性質を積極的に利用するスピントロニクス研究が世界的に活発に進んでいます。特に,スピン流の生成・検出は,スピントロニクス応用において最も重要な要素技術の一つです。近年,固体無機材料の界面においてスピン流と電流が非常に効率的に相互変換されることが示され,注目を集めています。

本研究では無機材料と比べて圧倒的に大きな設計自由度を有しながら,スピントロニクスの分野では未開拓な有機材料の分子に着目し,道路標識の青色顔料としても利用されている色素分子であるフタロシアニンと金属銅の接合面においてスピン流から電流への高効率な変換を実証しました。

さらに,変換効率の最大化に必要な条件を明らかにするため,分子層の厚み(膜厚)を系統的に変化させた試料を作製し,スピン流-電流変換由来の電圧信号の変化を計測したところ,銅表面の膜厚がフタロシアニン分子1層の時に最大化することを見いだし,白金やビスマスといった重金属を用いたスピンホール素子と同等の性能を有することを示しました。

また,フタロシアニンと金属銅の接合面がスピン流・電流変換を起こす電子状態であることが,スーパーコンピュータ京を用いた大規模な第一原理計算(※3)による電子スピン状態の解析によって明らかになりました。

本研究成果は,これまでにない有機分子と金属の接合界面を用いて,スピントロニクス応用の要となるスピン変換機能を実証したといえ, 今後は,分子の持つ高い設計自由度を使った新規電子デバイスの実現が期待されます。

本研究成果は,2019年9月12日(米国東海岸標準時間)に国際科学雑誌『Nano Letters』誌に掲載されました。

 


 

図1. 分子/金属界面のスピン流-電流変換

フタロシアニン分子を銅表面に蒸着した界面に,スピンポンピング法(※4)によってスピン流を注入したところ,注入されたスピン流は電流に変換され,電圧信号が観察された。
 

 

 

図2. 分子層の構造と膜厚依存性

単一分子層(1 ML)が形成されたときに電圧信号が最大になることが分った。

 

 


【用語解説】
※1 フタロシアニン
新幹線の車体の青色で有名な有機顔料の一種で,平面・環状の構造を持つ分子。環の中心に様々な元素を取り込んで安定な錯体を形成することができる。中心元素を置換するとさまざまな性質を持たせることができるため,基礎研究でも広く用いられる。

※2 スピン流
電子は電荷の他に,磁性の起源となるスピンという性質を有している。電荷の流れを電流と呼ぶのに対し,スピンの流れをスピン流と呼ぶ。

※3 第一原理計算
物質を構成する原子の数や種類,初期構造を入力値とし,量子力学に基づいた方程式を解くことで,電子の振る舞い(電子状態)や物質の構造・性質を経験的な情報を使わずに求める計算。

※4 スピンポンピング法
磁場の中に強磁性体を置くと,その磁化は磁場の方向を軸に歳差運動を始める。歳差運動と等しい周期を持つ交流磁場を印加すると,強磁性共鳴が励起される。強磁性体に非磁性体を隣接させると,強磁性共鳴の角運動量緩和が交換結合を通じて伝搬する。これは,スピン角運動量が隣接する非磁性体に流れ込む,非磁性体へのスピン流注入に対応する。

 

詳しくはこちら

Nano Letters

研究者情報:石井 史之

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