10 億分の 1 秒を捉える超高速マシンビジョン:光 AI を用いたイメージ処理技術を開発

掲載日:2023-10-11
研究

 

 

 金沢大学理工研究域機械工学系の砂田哲教授,新山友暁准教授,自然科学研究科機械科学専攻博士前期課程の山口智也,修士修了生の荒井航平,埼玉大学大学院理工学研究科数理電子情報部門の内田淳史教授の共同研究グループは,リザバー計算(※1)と呼ばれる小脳を模したニューラルネットワーク(※2)を実装した光集積回路などに基づいて,サブナノ秒(10 億分の 1 秒以下)の時間スケールで起こる超高速現象をリアルタイムに認識・検出できる新しいマシンビジョン(※3)技術の原理実証に成功しました。

 近年の人工知能(AI)・機械学習の急速な進展により,コンピューティングの需要が爆発的に増加しています。それに対処する新しいコンピューティング技術として,「光」を利用したニューラルネットワーク(NN)処理および光回路技術が注目され,世界的に開発が進められています。しかし,光の持つ物理的な性質から,既存の電子型 NN 回路に匹敵する大規模な NN 回路の開発は難しく,画像のような膨大な視覚情報を高速に処理することは困難と考えられてきました。また,これまで開発されてきた光 NN 集積回路の多くは,カメラのようなイメージセンサで取得した画像を処理することを前提にしていたため,通常のカメラでは捉えられない高速な現象の認識や突発的な現象に対する瞬時の情報処理による判断・認識は困難と考えられてきました。

 本研究では,ゴーストイメージング(※4)と呼ばれるイメージング手法に基づき,カメラを用いずに観測対象の画像情報を取得し,それをリザバー計算と呼ばれる光 NN 回路で処理する光のマシンビジョン技術を開発しました。これにより,視覚情報の取得から AI での判断プロセスまでを全て光のまま実行できるため,人間では決して捉えることのできない 10 億分の 1 秒以下(サブナノ秒)のタイムスケールで起こる現象をリアルタイムに認識したり,そこで発生する未知の異常を検出したり,さらにはそのような高速現象の録画・再生が可能になります。

 今後さらに開発を進めることで,これまでにないオンチップ型の超高速イメージプロセッサへの発展が可能となり,基礎科学分野だけでなく,光通信分野や自動運転の事故防止などリアルタイムでの認識・判断・制御が必要となるさまざまな場面での活躍が期待できます。

 本研究成果は,2023 年 9 月 14 日に Nature Publishing Group の『Communications Physics』誌に掲載されました。

 

 

     

    図:従来研究と本研究の違い。
    カメラで捉えたイメージデータはさまざまな変換や伝送プロセスを伴うため,低遅延処理が困難であるが,本研究はイメージデータを光のまま低遅延で処理可能。イメージを光の時系列データに変換するため,単一入力の光 NN でも高速な処理が可能。

     

     

    【用語解説】

    ※1: リザバー計算(Reservoir Computing)
     時系列データの処理を得意とする再帰型ニューラルネットワークの一種であり,最近では,小脳での情報処理モデルとの類似性が指摘されている。リザバー計算は入出力層に加えて,リザバー層に巨大なランダムネットワークを用いる。再帰型ニューラルネットワークと異なり,ランダムネットワークでの学習は行わないので,簡単な最適化法で学習が可能である。本研究では,リザバー層として利用するランダムネットワークを光集積回路上に実装している。なお,リザバー計算は,文献によってはリザーバーコンピューティング,レザバーコンピューティング,レザボア計算などとも呼ばれている。

    ※2 :ニューラルネットワーク(Neural Network, NN)
     脳内にある神経回路網の一部を模した数理モデルであり,近年の人工知能の中核的機能を担っている。特に,記憶機能として働くフィードバックループを有するニューラルネトワーク(NN)は再帰型 NN と呼ばれ,時間変化する情報(時系列データ)の処理に用いられている。

    ※3 :マシンビジョン(Machine Vision)
     人間を介することなく,自動的にイメージデータを取得・処理・解析する技術や方法のことであり,ロボットや産業機器に人間の視覚を持たせる技術ともいえる。

    ※4 :ゴーストイメージング(Ghost Imaging)
     カメラのように視覚的な 2 次元情報を取得するデバイスを用いることなく,光の強さしか測定できない単一の検出器だけでイメージを取得する手法である。この手法では,ランダムなパターンを観測したい対象に投影し,そこから反射した光の強さを単一の検出器で検出する。独立したランダムパターンを何回も投影して,反射光の強さを記録しておき,そこから観測対象のイメージを再構成する。高性能なカメラが開発されていない波長帯や微弱な光しかない状況でも,イメージングが可能となる。ただし,通常のゴーストイメージングでは,ランダムパターンは空間光変調器を用いて生成しているため,イメージ取得のフレームレートを高くすることは困難であった。同等の手法として,シングルピクセルイメージングと呼ばれる手法もある。

     

     

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    ジャーナル名:Communications Physics

    研究者情報:砂田 哲

     

     

     

     

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