熱産生を抑えるホルモンを発見 ~抗酸化が逆にストレス!? 還元ストレスを提唱~

掲載日:2022-3-30
研究

金沢大学総合技術部生命部門の高山浩昭技術専門職員,医薬保健研究域医学系(内分泌・代謝内科学)の篁俊成教授と,東北大学,北海道大学,天使大学との共同研究グループは,糖尿病で高まる抗酸化ホルモン セレノプロテインP(※1)が活性酸素を過剰に消去することで,褐色脂肪組織での熱産生を障害することを発見しました。このような過剰な抗酸化による機能障害を還元ストレス(※2)と提唱します。

近年,過剰な活性酸素(※3)による酸化ストレス(※4)が,老化,がん,生活習慣病の原因となることが注目されています。一方,適切に調節された活性酸素は,細胞内の情報伝達を促進し,刺激に対する身体の応答を助けています。

脂肪組織にはエネルギーを蓄えるための白色脂肪組織と,エネルギーを燃焼して熱を産生するための褐色脂肪組織があります。この褐色脂肪組織を活性化してエネルギー消費を高めることが,将来の肥満治療法として期待されています。しかし,糖尿病患者では褐色脂肪組織での熱産生が低下していることが知られており,またその理由は分かっていませんでした。

今回本研究グループでは,糖尿病患者で血中濃度が高まるホルモン,セレノプロテインPに注目し,褐色脂肪熱産生に及ぼす影響を検討しました。その結果,

1. ヒトにおいて血中セレノプロテインP濃度が高ければ高いほど,糖取り込みで示される褐色脂肪組織の活性が低い

2. セレノプロテインPを生まれつき持たないマウスでは,熱産生ホルモン ノルアドレナリン(※5)の効果が高まり,熱産生タンパクUCP1(※6)がより活性化する

3. 培養褐色脂肪細胞では,熱産生ホルモンが細胞内のミトコンドリアからの活性酸素を高めることで,熱産生と糖取り込みを高める

4. セレノプロテインPあるいは抗酸化薬は,この熱産生に有用な活性酸素を除去して,熱産生ホルモンの作用を打ち消す

以上のことがわかりました。

本研究により,褐色脂肪組織からの熱産生には,適度なストレスが必要であることがわかりました。したがって,行き過ぎた抗酸化サプリの内服が,熱産生を抑えることで,肥満症や糖尿病の誘引となる可能性があります。

今後,褐色脂肪組織でのセレノプロテインPを標的とした新しい肥満症・糖尿病治療法の開発が期待されます。

本研究成果は,2022年3月29日に米国科学雑誌『Cell Reports』オンライン版に掲載されました。

 

図1. 褐色脂肪活性と血中セレノプロテインP濃度は負に相関する

正常な褐色脂肪活性を持つ健常男性43名では,血中セレノプロテインP濃度が高い人ほど褐色脂肪活性が低くなっている。

 

 

図2. セレノプロテインP欠損マウスの高い体表面温度

寒冷刺激後のセレノプロテインP欠損マウスは正常マウスと比べて,褐色脂肪組織周辺部(マウス背上部)の表面温度が高かった。

 

図3.セレノプロテインPによる褐色脂肪組織の熱産生障害

寒冷刺激によって交感神経が活性化するとノルアドレナリンが放出され,褐色脂肪細胞のミトコンドリアで活性酸素が生じる。この活性酸素は熱産生タンパクUCP1を活性化し,熱産生を亢進させる。通常,セレノプロテインPはGPX4を介して活性酸素レベルを適切に調節し熱産生をコントロールしている。一方で糖尿病状態では,過剰なセレノプロテインPが褐色脂肪組織に流入し,活性酸素を強力に消去することで熱産生を障害してしまう。

 

 

 

【用語解説】
※1 セレノプロテインP
主に肝臓で産生され,必須微量元素であるセレン(Se)を末梢の臓器に輸送する分泌タンパク質。活性酸素を消去する抗酸化作用も担っているが,糖尿病などのエネルギー代謝疾患での役割は不明だった。研究グループはこれまでに,2型糖尿病患者ではセレノプロテインPの血中濃度が上昇すること,セレノプロテインPが糖尿病とその合併症の発症に寄与することを報告してきた。

※2 還元ストレス
過剰な活性酸素は酸化ストレスとなり,老化,がん,生活習慣病のリスクを高める。抗酸化薬はこのような病的な活性酸素を消去することで,酸化ストレスを減らす。一方,適切に調節された活性酸素は細胞内に情報が伝わることを促進し,刺激に対する身体の応答を助けている。過剰な抗酸化力は,このような生命活動に大切な働きを持つ活性酸素まで消去することで,むしろ生命活動を低下させる。今回,このような抗酸化力による細胞機能障害を還元ストレスと提唱した。このような還元ストレスが体内で生じるのか,それを担う分子が体内にあるのか,は不明だったが,今回の研究で,セレノプロテインPは,体内で産生される還元ストレス分子であることが分かった。

※3 活性酸素
体内に取り込まれた酸素の一部が活性化された状態のこと。活性酸素は,他の物質に結びついたり働きかけたりする力が非常に強く,私たちの生命活動に欠かせないDNAやタンパク質を傷つけてしまう。

※4 酸化ストレス
過剰な活性酸素が細胞や臓器にもたらすストレス。DNAを傷つけたり,タンパク質や細胞の働きを阻害したりすることで,老化,がん,生活習慣病のリスクを高める。

※5 ノルアドレナリン
寒冷刺激に応答して交感神経から分泌されるホルモンで,褐色脂肪組織に作用すると熱産生を高める働きがある。

※6 UCP1 (Uncoupling protein 1)
褐色脂肪組織のミトコンドリアに存在しているタンパク質で,エネルギーを消費して熱を産生する役割がある。UCP1を活性化してエネルギー消費を増加させることが将来の肥満治療法として注目されている。

 

詳しくはこちら

Cell Reports

研究者情報:篁 俊成

 

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