多環芳香族炭化水素類の代謝産物が魚類の骨奇形を引き起こすことを証明!

掲載日:2022-3-17
研究

金沢大学環日本海域環境研究センターの鈴木信雄教授・早川和一名誉教授と,九州大学の大嶋雄治教授,富山大学の田渕圭章教授を中心とする共同研究グループは,重油汚染などにより引き起こされる魚の骨奇形の機構を解明しました。

多環芳香族炭化水素類(PAH類)の一つであるベンゾ[c]フェナントレン(BcP)(図1)は,動物の体内に入ると薬物代謝酵素の作用により水酸化体に代謝されて,解毒機構で体外に排出されます。その代謝産物(3-OHBcP)(図1)をメダカの卵に投与すると,BcPより 1900倍も毒性が強いことが分かりました。メダカの卵にごく少量の 3-OHBcPを投与して飼育しても,生まれたメダカの背骨に骨形成異常が認められました(図2)。

そこで,骨モデルとして再生する特徴を持つ魚のウロコを用いて3-OHBcPの作用を調査した結果,ウロコの再生が抑制され(図3),さらに3-OHBcPによりウロコの骨芽細胞が細胞死を引き起こしていることを証明しました(図4,5)。

これまでのPAH類の研究は,PAH類のみに注目していましたが, PAH類の毒性の本体が代謝産物の水酸化体であることを初めて明らかにしました。つまり,重油などの化石燃料に含まれるPAH類は,魚類などの体内に入ると水酸化体に代謝され,これが魚類の骨を作る細胞(骨芽細胞)に働いて,細胞死を引き起こすことにより,魚が骨奇形になることを証明しました。

本研究結果は,オイルタンカー事故などによる海洋汚染でしばしば観察されてきた魚類の骨形成異常の原因を解明しただけでなく,今後の毒性研究における水酸化体の重要性も示しています。これらの知見は,PAH類の毒性メカニズムの全容解明に貢献でき,海洋汚染により引き起こされる海洋生態系への影響評価につながります。

本研究成果は,2022年3月14日に国際学術誌『Ecotoxicology and Environmental Safety』のオンライン版に掲載されました。

 

 

図1. 本研究で用いたPAH類

 

図2. 3-OHBcPを投与したメダカの骨奇形

図3. BcPを投与したキンギョのウロコの再生率 *: P < 0.05

図4. ゼブラフィッシュのウロコを用いた網羅的解析

細胞死(apoptosis)に関係する遺伝子が上昇していることが分かった。

 

図5. キンギョのウロコの骨芽細胞における細胞死の解析

細胞死を引き起こした細胞(A)と骨芽細胞(B)とが一致した。

 

 

 

 

【用語解説】

※1 多環芳香族炭化水素類(PAH類)
ベンゼン環を 2 つ以上有する芳香族炭化水素の総称。原油中に存在しており,ガソリンなどの原油製品の燃焼により環境中 (水環境、大気など) に放出される化合物のこと。重油タンカーの事故などによっても海洋環境中に流出する。

※2 薬物代謝酵素
生体に取り込まれた薬物が害を及ぼさない形で代謝されて,体外に排泄されるように働く酵素。魚類にも薬物代謝酵素があり,毒性を有する物質を排出している。しかし,代謝された代謝産物に毒性があり,代謝前の化合物よりも毒性が強いことはあまり知られていない。

※3 魚のウロコ
魚のウロコは,石灰化した骨基質の上に骨を作る細胞(骨芽細胞)と骨を壊す細胞(破骨細胞)が共存している。1枚のウロコには,ヒトの骨と同じように骨の構成成分が含まれるため,ウロコは骨モデルになる。さらに魚のウロコは,再生能力がとても強く,ウロコを抜いて26℃で飼育すると,10日程度で抜くことができるほど再生する。

 

詳しくはこちら

Ecotoxicology and Environmental Safety

研究者情報:鈴木 信雄

 

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