肺がん細胞が分子標的薬に抵抗するメカニズムを解明!

掲載日:2020-10-5
研究

金沢大学がん進展制御研究所/ナノ生命科学研究所の矢野聖二教授,がん進展制御研究所/新学術創成研究機構の鈴木健之教授,京都府立医科大学の山田忠明病院准教授らの共同研究グループは,分子標的薬(※1)にさらされた肺がん細胞が,インスリン様増殖因子1受容体(IGF-1R)(※2)のタンパク質量を増やすことにより,抵抗し生き延びることを初めて明らかにしました。

肺がんは,年間約8万人が死亡するわが国のがん死亡原因第一位のがんです。日本人の肺がんの約20%を占めるEGFR変異肺がん(※3)は,変異したEGFRからの生存シグナルで増殖しており,変異EGFRの機能を抑えるオシメルチニブ(※4)という分子標的薬が有効です。オシメルチニブは,EGFR変異肺がんに劇的に効いて腫瘍を一旦小さくしますが,一部のがん細胞が抵抗性細胞(※5)として生き残り,耐性のがんとして再発することが問題になっています。本研究グループは,これまでに,EGFR変異肺がんのうちAXL(アクセル,※6)というタンパク質を多く発現したがん細胞はオシメルチニブが効きにくく,その原因はAXLが生存シグナルを補うことで抵抗性細胞を生み出し,耐性の温床になることを報告していました。

本研究では,AXL低発現のEGFR変異肺がんについて解析し,オシメルチニブにさらされた腫瘍細胞の一部において,FOXA1(※7)という転写因子(※8)がIGF-1Rのタンパク質量を増やし,増えたIGF-1Rが生存シグナルを補うことで,がん細胞の一部が抵抗性細胞として生き延びていることを解明しました。さらに,動物実験において分子標的薬にIGF-1R阻害薬を短期間併用することにより,肺がん細胞をほぼ死滅させ,再発をほとんど防ぐことにも成功しました。

本研究成果は,将来,肺がんを根治させる治療につながるものと期待されます。

本研究成果は,2020年9月14日(英国時間)に英国科学誌『Nature Communications』のオンライン版に掲載されました。

 

図1. 分子標的薬は一旦効くが,腫瘍の一部が残存し再発の原因になる。

 

図2. AXL発現によりオシメルチニブ抵抗性メカニズムは異なる。

 

図3. AXL低発現がん細胞ではFOXA1がIGF-1Rタンパク質量を増やしオシメルチニブに抵抗性となる。

 

図4. オシメルチニブとIGF-1R阻害薬の短期間併用で肺がん細胞を根治する。


【用語解説】
※1 分子標的薬
がんの増殖や生存に重要な役割を果している分子にピンポイントで作用する薬。日本では現在40種類以上の分子標的薬ががんに対して認可されている。

※2 インスリン様増殖因子1受容体(insulin-like growth factor-1 receptor: IGF-1R)
インスリンと類似した増殖因子であるIGF-1の受容体。さまざまながんで発現されており,増殖や薬剤耐性に関与する。

※3 EGFR変異肺がん
上皮成長因子受容体(EGFR)の遺伝子に変異が生じて発生する肺がんで,日本人の肺がんの約20%を占める。変異EGFRタンパク質からのシグナルにより生存・増殖しており,これを抑制する分子標的薬であるEGFRチロシンキナーゼ阻害薬がよく効く。

※4 オシメルチニブ
商品名はタグリッソ。現在EGFR変異肺がんに最も有効な新世代分子標的薬である。

※5 抵抗性細胞
分子標的薬にさらされた時に増殖を停止して生き残る細胞。抵抗性細胞にさらなる何らかの変化が起こると増殖できるようになり,耐性腫瘍を形成する温床になる。

※6 AXL(アクセル)
Gas6というタンパク質が結合する受容体タンパク質で,細胞膜に存在する。がん細胞に過剰に発現されていることが知られており,増殖や転移,薬剤耐性などに関与する。

※7 FOXA1(Forkhead box protein A1: フォックスA1)
フォークヘッド転写因子ファミリーの一つ。転写されるDNA上に最初に結合し,転写に必要な他の因子を呼び寄せることで転写を促すため,パイオニア転写因子ともよばれる。

※8 転写因子
DNAに特異的に結合するタンパク質。DNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を促進する。転写因子は複数の他のタンパク質と複合体を形成することにより転写を促進する。

 

詳しくはこちら

Nature Communications

研究者情報:矢野 聖二

研究者情報:鈴木 健之

 

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