Aspiration

失敗を恐れず、未踏領域に挑む
ーダイヤモンド半導体が切り拓く未来ー

ダイヤモンド研究センター
松本 翼MATSUMOTO,Tsubasa

究極を目指して~半導体材料としてのダイヤモンドの魅力

「どうせやるなら、究極の難しいことにチャレンジしたい」。松本翼准教授がダイヤモンド半導体の研究に取り組む原動力は、誰も作ったことのない物質への挑戦心である。高等専門学校時代に読んだ教科書に記されていた「ダイヤモンドは究極の物性を持つ半導体材料」という一文が、松本先生の目に留まった。そこには、ダイヤモンドが持つ物性─高い熱伝導性、絶縁性、耐電圧性など─が、半導体材料として理想的であることが記されていた。それまで松本先生は、半導体の基板材料として炭化ケイ素(シリコンカーバイト;SiC)の研究に取り組んでいたが、大学院進学をきっかけに、ダイヤモンドを半導体材料として研究する研究室への進学を決めた。「研究とは、既知をなぞることではなく、まだ誰も見たことのない世界を描くこと。」松本先生にとって、その第一歩が、ダイヤモンド半導体だった。

ダイヤモンド半導体

松本先生はこれまで、ダイヤモンドを半導体材料として応用したさまざまなデバイス開発に取り組んできた。なかでも現在挑戦しているのが、ダイヤモンドを用いたMOSFET(電界効果トランジスタ)の開発である。MOSFETとは、電力制御に欠かせない半導体デバイスであり、自動車、新幹線、工場、宇宙機器など、大きな電力を扱う「パワーエレクトロニクス」での応用が期待されている。従来のシリコンを用いたデバイスと比べて、ダイヤモンドは特に高電圧や高温の環境において、優れた性能を発揮する。特に、電力変換時に発生する「熱損失」を大幅に低減できる点が注目されており、実現されれば、エネルギー効率を大幅に向上できる可能性がある。例えば、エアコン程度の1kWの電力で1%の熱損失があれば、スマートフォン1台を充電できる10Wの電力が熱として損失する。これが10kWなら100W(ノートパソコン1台分程度)となり、熱損失の低減は極めて重要な課題となる。「ダイヤモンドを用いることで、この損失を抑え、より効率的なエネルギー利用が可能になる。」と松本先生は話す。 一般的に半導体デバイスは、n型(電子が電荷を運ぶ)半導体とp型(正孔が電荷を運ぶ)半導体を組み合わせて作られる。なかでもダイヤモンド半導体において難しいとされるのが、n型半導体の実現である。世界中でこの研究が行われているが、まだ実用化レベルには達していない。松本先生は現在、ダイヤモンドのn型半導体化にも挑戦しており「これが実現すれば、ダイヤモンド半導体の可能性が大きく広がる」と松本先生は語る。

誰もできないこと、難しいことに、あえてチャレンジする

「誰もできないことをやる」。松本准教授の研究姿勢は、常にこの言葉に基づいている。予期せぬ実験結果にこそ、次の発見の芽がある。学生との議論では、1対1の対話を重視し、そのなかで「考える力」を育むことに注力する。研究とは、問いを立て、仮説を検証し、時にその枠を超えて新たな構造を生み出す営みである。その積み重ねが、世界にまだ存在しないダイヤモンド半導体デバイスの設計へとつながっている。最近では、これまでにない新たなデバイス構造を提案し、大型プロジェクトとして採択された。 難題に挑むことは、未来を変える力である。未知への挑戦は、時に失敗を伴うが、その過程で得られる知見や経験が、次の世代の研究者へと受け継がれていく。松本先生は、学生とともに考え、議論し、失敗を恐れず新しい価値を生み出すことを信念としている。──その信念を胸に、松本先生はこの技術が世の中に広く使われる日を目指して、日々研究に取り組んでいる。

 

(サイエンスライター・見寺 祐子)

FacebookPAGE TOP