シナプスの微細構造まで鮮明に
-高屈折率の改良型透明化液で深部超解像イメージングを実現-

掲載日:2016-3-11
研究

新学術創成研究機構の佐藤純教授,理化学研究所(理研)多細胞システム形成研究センター感覚神経回路形成研究チームの今井猛チームリーダー,柯孟岑(カ・モウシン)国際特別研究員らの共同研究グループは,生体組織深部の超解像イメージングを可能とする新しい組織透明化試薬「SeeDB2(シーディービーツー)」を開発し,SeeDB2と超解像顕微鏡[※1]を用いて,マウスやショウジョウバエの脳の蛍光イメージングを行い,シナプス[※2]の微細な3次元構造を大規模に解析できることを示しました。

神経細胞はシナプスと呼ばれる構造で互いに連絡し合い,脳内に神経回路を構成しています。しかし,その構造は1マイクロメートル(μm,1μmは1,000分の1mm)以下と小さく,従来の光学顕微鏡でその詳細を観察することは困難でした。また,近年,光の回折限界[※3]を超える分解能[※4]を持つ超解像顕微鏡が開発されていますが,厚みのある生体試料深部を観察することは困難でした。

平成25年に感覚神経回路形成研究チームは,ハチミツや果物などに多く含まれるフルクトース(果糖)を用いて生体組織の微細構造を保ったまま透明化する試薬「SeeDB(シーディービー)[※5] 」を開発。今回,共同研究グループはX線造影剤の成分として知られる「イオヘキソール[※6] 」を用いることでこの方法を改良し,高解像イメージングのための透明化試薬SeeDB2を開発しました。SeeDB2は屈折率が高く,顕微鏡観察に用いるカバーガラスおよび対物レンズ浸液として用いるオイルの屈折率と完全に一致するため,深部でも画像がぼけることなく鮮明に観察できます。実際にSeeDB2で処理したマウス脳,ショウジョウバエ脳,卵母細胞,培養細胞など,さまざまな試料を共焦点顕微鏡[※7]や超解像顕微鏡を用いて観察したところ,100μmを超える深部まで高解像画像が得られました。また,従来観察することが難しかったシナプスの微細構造を大規模かつ3次元的に捉え,定量解析することに成功しました。

本手法は,脳の神経回路図をシナプスレベルで解明する研究に役立つと期待できます。また,多くの精神疾患は神経細胞のシナプス構造に異常があるといわれており,将来的には精神疾患の病態やメカニズムの解明にも貢献すると期待できます。

本研究は,科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業,日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金,三菱財団の助成によって行われました。また,成果は米国のオンライン科学雑誌『Cell Reports』(3月22日号)に掲載されるのに先立ち,オンライン先行掲載(3月10日付け:日本時間3月11日)されました。

 

【SeeDB2の原理と2種類の超解像顕微鏡で撮影したマウス脳の樹状突起スパイン】

【SeeDB2の原理と2種類の超解像顕微鏡で撮影したマウス脳の樹状突起スパイン】

[上段]

顕微鏡の分解能は対物レンズ浸液の屈折率が高いほど良いとされており,通常は屈折率1.52のオイルを用いる。カバーガラスの屈折率も同程度(1.52)である。設計上,試料の表面では光が1点に収束して高い解像度を得ら

れるが,組織の深部を観察しようとすると,組織中の屈折率が最適値よりも低い(1.33-1.46)ために屈折して,光が焦点に収束しなくなる(球面収差)。しかしSeeDB2を用いると,試料の光散乱を除くとともに屈折率を最適

値1.52に合わせることができるため,深部でも高解像度が得られる。

[中段]

蛍光タンパク質「EYFP」で標識したマウス大脳皮質5層錐体細胞の樹状突起スパインをAiryscan顕微鏡で撮影した画像。横の太い軸が樹状突起でそこから外に出ている小さなトゲ状の構造がスパインである。画像は深さ25~

30μmで取得した。

[下段]

マウス大脳皮質5層錐体細胞のスパインをSTED顕微鏡で撮影した画像。画像(上下方向の投影像)は深さ約60μmで取得した。

 

 

 

【マウス脳の神経回路の大規模超解像イメージング】

【マウス脳の神経回路の大規模超解像イメージング】

Airyscan顕微鏡を用いるとSeeDB2処理した脳サンプルを用いて大規模超解像イメージングを行うことができる(動画1)。右上は,深さ63.6~83.6μmの20μm四方の超解像蛍光画像で,右下は,同部分の全標識神経細胞を異なる色で再構成したものである(動画2)。

 

YouTube:SeeDB2で透明化したマウス大脳皮質の超解像イメージング(動画1)

 

YouTube:SeeDB2と超解像顕微鏡を用いた神経回路の再構成(動画2)

 

 

 

 

【SeeDB2を用いたショウジョウバエ脳のイメージング】

【SeeDB2を用いたショウジョウバエ脳のイメージング】

[左]

一部の神経細胞を蛍光タンパク質(GFP)で標識したショウジョウバエ脳をSeeDB2(グリセリン浸対物レンズに最適化したSeeDB2の改変版)で透明化し,全脳イメージングしたもの。上段が3次元再構成で,下が各水平断面にお

ける蛍光画像。全脳にわたって同じ解像度で神経回路を可視化できる(動画3)。

YouTube:SeeDB2で透明化したショウジョウバエ全脳の高解像イメージング(動画3)

[右]

視覚中枢のメダラ神経節にあるMi1と呼ばれる神経細胞に着目して,SeeDB2を用いた超解像イメージングを行ったもの(深さ約100μm)。メダラ神経節は層構造をとるが,Mi1はM1層とM5層で樹状突起を形成し,M9-10層に軸索

を伸ばす(黄色矢印)。軸索終末の形が特徴的で,ヘアピン状の構造を取り,その先端は3つ又に分かれている(赤矢印)。3つ又部分でシナプスを形成する。

 

 

【補足説明】

※1 超解像顕微鏡,STED顕微鏡,Airyscan(エアリースキャン)顕微鏡

:従来の光学顕微鏡とは異なる原理を用いて,回折限界によって決まる分解能の限界(約200nm)よりも細かい対象物を解像できる光学顕微鏡。超解像顕微鏡の1つであるSTED顕微鏡を開発したステファン・ヘル博士,PALM顕微鏡を開発したエリック・ベツィグ博士らは,2014年のノーベル化学賞を受賞した。STED顕微鏡では,通常の励起光レーザーに加え,焦点を取り囲むようにドーナツ型のレーザー光(STED光)を照射して蛍光を抑制し,結果的に蛍光を生じるスポットを回折限界よりも小さくする。これにより数10nm程度の分解能を実現できる。Airyscan顕微鏡はCarl Zeiss社が開発した超解像顕微鏡。通常の共焦点顕微鏡に特殊な検出器を備え,画像演算を組み合わせることで従来の1.7倍の解像度を実現する。比較的弱い励起光で超解像画像が得られるため,サンプルに対する褪色ダメージが少ないという特長がある。

 

※2 シナプス,興奮性シナプス,抑制性シナプス

:神経細胞は,軸索(出力を行う)や樹状突起(入力を行う)を伸ばして互いに連絡し合うことで神経回路を構成している(図3左)。神経細胞が連絡する接続点のことをシナプスという。シナプスには興奮性の神経伝達物質をやりとりする興奮性シナプスと,抑制性の神経伝達をやりとりする抑制性シナプスとがある。これらによって,相手方の神経細胞を活性化させたり抑制したりしている。シナプスの機能は,脳発達や学習を含むあらゆる脳回路機能において重要である。

 

※3 回折限界

:光は波としての性質をもつため,理論上,波長の半分程度より細かい対象物を解像することができない。これを回折限界という。

 

※4 分解能

:2点の対象物を見分けることができる最小距離として定義される。アッベ(Abbe)やレイリー(Rayleigh)によって定式化されており,可視光(波長400~700nm)においては,最も高性能な光学顕微鏡を用いた場合でも,分解能の限界は200nm程度とされる。

 

※5 SeeDB

:平成25年に理研の感覚神経回路形成研究チームが開発した組織透明化試薬。糖の1種フルクトースを主成分とし,簡便で組織形態にやさしいという特長を持つ。

 

※6 イオヘキソール

:ヨウ素を含む芳香族化合物で,もともとCTスキャンで血管などの構造を可視化するために副作用の少ないX線造影剤として開発された。ヨウ素がX線をよく吸収するためである。ヨード造影剤とも呼ばれ,オムニパークという商品名で使われている。今回の研究では,ヨウ素が屈折率を上げる効果を持つことに着目し,全く異なる目的に用いている。

 

※7 共焦点顕微鏡

:小さく絞ったレーザー光を走査して画像を取得するレーザー走査型蛍光顕微鏡の1種。蛍光シグナルを検出する際,集光面にピンホールを設置して焦点面由来の光だけを検出するため,深さ方向にもレーザー走査することで3次元的な蛍光像を得ることができる。

 

詳しくはこちら

Cell Reports

研究者情報:佐藤 純

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