Aspiration#02 中嶋 理帆「やらない理由は見つけない」

患者さんと共に高次脳機能の解明に挑む

医薬保健研究域保健学系
助教 中嶋 理帆

患者さんの声が探求心の道しるべ

 脳腫瘍の手術が成功したはずなのに、「術後社会や職場に適応できない」、「生きづらくなった」という患者さんたちの声。これらが、いつしか中嶋助教自身の疑問になり、高次脳機能の局在に関心を持つきっかけとなった。これまで、右前頭葉の損傷は、致命的な障害を残す可能性は低いと言われてきた。右前頭葉の腫瘍の手術では、術後も一見「普通に」生活できることが多く、右前頭葉における機能障害はあまり注目されてこなかった。しかし、脳画像解析の技術の進歩とともに、右前頭葉にも多くの脳機能が存在することが明らかになってきた。さらにこの機能は「人間らしく」生きるために非常に大切な役割であることが近年分かってきたのである。中嶋助教の『志』は、医学的に脳(特に右前頭葉)の機能局在を解明すること、そして、患者さんの術後の生活に寄り添い続けたいという思いである。

人間のみに存在する「高次脳機能」

 人間が人間らしくあるための脳の機能。生物の中で、人間のみが持つ、言語や視空間の認知、作業記憶、複雑な感情などをつかさどる脳の働きを「高次脳機能」という。また、これらの機能を失ってしまうことを「高次脳機能障害」といい、近年注目されるようになった脳の障害のひとつである。高次脳機能障害は、脳の損傷後の後遺症として残る、記憶、判断、感情といった高次の脳の障害である(病気や怪我による脳の損傷を原因とした、感覚障害や運動障害などではない)。それゆえ障害の判断や治療は難しく、術後の長期にわたる患者さんとの対話が必要となる。中嶋助教の研究テーマ「高次脳機能の機能局在の解明」が実現されれば、脳のどの場所にどのような機能が関わっているかという「脳の地図」が詳細に明らかになるであろう。さらに、脳機能の障害がどのように起こるのかが説明できるようになる。このことは、患者さんの不安を軽減させ、長期にわたる障害との付き合い方を共に考える道しるべになると中嶋助教は考える。患者さんの疑問や不安を少しでも軽減させてあげたいという思いが、中嶋助教の新たな研究意欲につながるという。

 脳の手術において、高次脳機能を温存できる唯一の術式が「覚醒下手術」である。手術中に麻酔を調整して、患者さんと会話したり、手足を動かしたりと、機能が保たれていることを確認しながら、病変を摘出する手術方法である。この画期的な手術では、患者さんごとに異なる脳の機能局在を確認しながら手術するため、術後の早期社会復帰やQuality of Lifeの維持を目指せる。

やりたいと感じた「初心」と「感謝の気持ち」を忘れない

 「うまくいかないことが連続するときこそ、何か新しいことを発見できるチャンス」と語る中嶋助教。 “やらない理由”や“できない理由”を見つけず、どんなに困難であろうと、“解明したい”と思った初心を忘れない、と続ける。高次脳機能は「ブラックボックス」と言われるほど複雑で難しい脳の機能である。結果が出るまで挑み続ける、中嶋助教の研究スタイルでなければ到達できない領域だ。指導者・研究仲間に対する感謝の気持ち、そして患者さん一人一人に寄り添う気持ちが中嶋助教のチカラになる。人間のみが持つ脳の機能解明に向けて、中嶋助教の今後に注目したい。

(サイエンスライター・見寺 祐子)

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