Aspiration

「行動する知」
―考える知を実践する力へ―

人間社会研究域国際学系
南 コニーMINAMI, Connie

自身の経験が導いた研究者への道

南コニー准教授が研究の道を歩み始めた原点は、「声なき人にも思いがある」という自身の経験である。南先生はデンマークで生まれ、中学時代までデンマークで過ごした。高校生のとき、両親とともに日本に移り住んだ。当初は、学校の授業についていけず、つらい思いをしたが、誰にも相談することができなかった。「教室という同じ空間にいながらも、声を出せない。また、自分のように声を出すことができない人たちが自分以外にもいることに気づいた。」と語る。この経験が「人間のあり方、社会のあり方を問う」、現在の南先生の研究につながるきっかけの一つとなった。“聞き取れない声”や、“汲み上げられない意見”を、どうすれば社会での“行動”につなげることができるのか──「この問いが、研究者としての自分の原点となった」と語る。当時、偶然目に留まった、太宰治『人間失格』との出会いが、社会のなかでの弱者の存在や人間の在り方についてより深く考える、20世紀フランス思想・文学の分野へと南先生を導いていった。思想を学ぶだけでなく、現実社会に働きかける「行動する知」へと。

「未完のモラル論」~サルトル思想と現代社会をつなぐ~

南先生の研究対象は、20世紀のフランスを代表する思想家であるジャン=ポール・サルトルの後期思想、特に「民衆法廷」と「未完のモラル論」である。サルトルは、ベトナム戦争の時代に、「民衆法廷」を創設した。民衆法廷とは、民衆自身が、戦争犯罪を告発し、倫理を問い直すために設けられた市民主体の議論の場である。この民衆法廷は法的拘束力を持たないが、「それまでの哲学や思想が本や書物の中だけにとどまっていた“考えるだけの知”を、実践の力に変えていく大きなターニングポイントだった」と南先生は語る。サルトルの考えでは「真理とは生成したものではなく、生成するもの」である。倫理や正義は一度決まれば終わりではなく、時代や社会の中で常に問い直され、実践され続ける「未完」のものだと考えた。この思想は、前述の南先生自身の経験とも重なる。知識を受け身で終わらせず、現実社会に働きかける「行動する知」である。AIやインターネットによる情報化が進む現代社会において、 “声なき人”の意見は、市民一人ひとりの主体的な行動を変え、社会全体で大きな力にもなり得る。「未完のモラル論」の研究は、このような今日の倫理観や価値観の変化につながる可能性を持つと南先生は考えている。

知が生かされる「行動する知」

「知る」だけでは社会は変わらない。「本を読んだり、思想を学んだりして得られる知識は受け身で終わるものではない。自分自身が何かを変えたいと感じ、行動や実践に移すことで、初めてその知が生かされる。」と南先生は語る。南先生の志は、「行動する知」である。「考える知を、実際に社会の中で行動する、実践する力につなげていくこと。さらに、社会を変える力につなげるために、学生が自ら考え、行動し、主体性を育む環境をつくり、ともに歩んでいくこと」を大切にしている。
行動する知を広げること──私たち一人ひとりが日常の中で感じた疑問や課題に対して、自ら考え、行動に移すことで、身の回りの世界を少しずつ変えていける可能性があることを示している。

 

(サイエンスライター・見寺 祐子、英語訳:Md Abul Kalam SIDDIKE

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