コンピュータとの出会いが導いた研究の必然
融合研究域融合科学系においてデジタル技術と医学との融合に取り組む野村章洋教授。第一線の研究者でありながら、循環器内科で外来診療を行う現役の医師でもある。医療の現場と研究の最前線を行き来する野村先生のそばには、いつもコンピュータがある。はじめてコンピュータに触れたのは、小学4年生の頃。「コンピュータでゲームを作る、いわゆるプログラムを組むことがすごく好きな少年だった」と振り返る。幼い頃から親しんできたコンピュータは、のちに野村先生の研究の方向性を決定する重要な要素となっていく。
父親が医師であった影響もあり、野村先生は医師の道に進んだ。循環器内科医として患者さんと日々向き合い、臨床のやりがいを感じる一方で、まだ十分に理解されていない病気や病態が多く存在することを強く意識するようになったと言う。「新しい病気の治療法を開発するには基礎研究が大切」との思いから大学院へ進学。心不全や心筋症に関わる遺伝子研究に取り組むなかで、データの解析や統計処理の重要性に気付き、コンピュータを用いた計算科学に自分の興味があることに気づいたと話す。「病気のメガニズムや未解明の現象を、コンピュータを使って解明することに憧れがあった」と語る。
野村先生が大学院で研究に打ち込んでいた頃、医学研究の世界では、膨大な遺伝情報を扱う技術が進展し、計算科学や人工知能(機械学習)の重要性が急速に高まっていた。循環器内科学という専門と、趣味として親しんできたコンピュータ。その二つが自身の研究として重なり合ったことを、野村先生は「すごく面白く、そして楽しかった」と語る。
トランスレーショナルリサーチ~橋渡し研究~
野村先生が現在取り組んでいるのは、循環器内科学とデジタル技術の新たな融合である。「単なる研究にとどまらず、その成果を医療の現場に実装するというところにこだわりがある」と話す。
基礎医学(医科学や理論)と臨床(医療や実践)の間をつなぐ研究の枠組みは「トランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)」と呼ばれる。野村先生がその対象として取り組んでいるのが、スマートフォンやアプリ、AIなどを活用した「デジタル医療」である。最新のデジタル機器、分析装置を駆使して、膨大な遺伝情報や生体データ、さらには日常生活の中で得られるデータを収集する。これを、基礎医学と臨床の両面からAIやデジタル技術を用いて読み解くことで、病気の理解や治療、予防につなげていく。野村先生は、デジタル技術によって「病院の医療現場だけではなく、日常生活の中でも無理なくできる医療」の可能性に特に魅力を感じている。データを集めること自体が目的ではない。そこから何が読み取れ、科学的にどのような意味をもたらし得るのか。こうした、基礎と臨床を往復しながら研究を進めることが、野村先生の研究スタイルである。
デジタル技術が人間のよきパートナーとなる未来へ
野村先生の志は、「ヒューマン・デジタル・シンビオシス(人間とデジタルの共生)を医療の現場で実現すること」にある。ここでいう「共生」とは、人間が主体であり続けながら、AIやデジタル技術を人の判断や行為を支える存在として取り入れていく関係を指している。その発想の背景として、野村先生は人類の進化の歴史を例に、「はるか昔にミトコンドリアと人間が共生して、生物としてより発展してきた」と語る。人類は、かつて別の生物であったミトコンドリアの祖先を体内に取り込み、エネルギーを効率よく生み出せるようになることで進化してきた。ミトコンドリアは、現代のコンピュータや人工知能と同じく、人間に取って代わって判断や意思決定をする存在ではない。しかし、目立たないながらも生命活動を根底で支える重要な存在である。野村先生は、デジタル技術もまた同じように、人間の能力や可能性を内側から支え、拡張する存在になり得ると考えている。医療において、デジタル(人工知能)は判断の主体になるのではなく、人間(医師や患者)がよりよい判断を行うための「よきパートナー」として機能することが重要だという。
「自分が関わったデジタル医療機器が世に出て、外来診療で自分の手で処方できた瞬間は本当に嬉しかった」と語る野村先生。研究成果が現場で生きる、その実感こそが、次の研究へと向かう原動力になっている。
(サイエンスライター・見寺 祐子)