金沢大学医薬保健研究域保健学系の南香奈助教、子どものこころの発達研究センターの辻知陽特任助教、東田陽博特任教授(研究当時)らの共同研究グループは、産後うつ(※1)と診断されていない健康な母親において、乳児からの刺激による唾液オキシトシン(OT)(※2)の反応が、産後うつ症状および状態不安と有意に関連していることを発見しました。特に産後うつ症状に関しては、スクリーニングに用いられている評価尺度「エジンバラ産後うつ自己評価票(EPDS)」の5点を境に、OTの反応性に明確な差異があることが分かりました。我が国ではEPDSのカットオフポイントは9点とされています。つまり、本研究の結果はカットオフポイントに到達する前段階から内分泌機能の変調が生じている可能性を示唆しています。
産後うつは、産後の母親の約 10~20%で発症すると言われています。抑うつ気分や不安、睡眠障害、食欲低下などの症状が長期化し、育児や子どもの健康にも深刻な影響を及ぼします。我が国では、リスクのある母親を早期発見するために、約 90%の自治体でEPDSを用いた産後うつのスクリーニングを導入しています。EPDS は世界60か国以上で使用されている優れたスクリーニング尺度です。しかし9点未満の母親のメンタルヘルスについては注視されていません。また、質問紙への回答は母親の主観に委ねられているため、生物学的な指標と合わせて検証していく必要があります。
産後うつの要因は未解明ですが、本研究成果は産後の母親のメンタルヘルスの脆弱性と、OT分泌機能の変調との関連を示唆するものです。これらの知見により、目で見ることができない産後の母親のこころの不調を生物学的な指標で客観的に捉える可能性が期待されます。また、自宅で簡便に採取できる唾液サンプルを用いることで、将来、母親自身がこころの不調に気付き、早期に必要なサポートを受けるという主体的行動に繋がることが期待されます。
本研究成果は、2025 年 12 月 17 日(日本時間)に国際学術誌『Frontiers in Endocrinology』のオンライン版に掲載されました。

図:本研究の概要図
子どもに関連した刺激によって母親の唾液 OT が有意に上昇する。一方で、EPDS 5 点を 境にその反応を認めなくなる可能性がある。 Adapted from Minami et al., Frontiers in Endocrinology (2025), CC BY 4.0. (https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)
【用語解説】
※1 産後うつ
産後に発症するうつの一つで、DSM-5-TR(アメリカ精神医学会の診断基準)では「大うつ病性障害 ― 周産期発症」の特定用語として分類されている。
抑うつ気分(涙もろさ・悲しみ・無力感など)や不安、意欲の低下、睡眠障害、食欲低下、自尊心の低下などの症状が 2 週間以上続く。
※2 オキシトシン(OT)
視床下部で産生され、神経下垂体系を通じて循環系に放出される神経ペプチドホルモン。末梢では、子宮収縮による分娩促進や授乳時の乳汁分泌反射に作用する。また脳内にも遊離され、親和的・社会的な行動を促進し、絆形成や育児といった母性行動を助長
する。
ジャーナル名:Frontiers in Endocrinology
関連情報
助産学・女性分野研究室ホームページ:https://mw-web.w3.kanazawa-u.ac.jp/