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Research NEWS

分子間相互作用から材料設計へ −キチン結晶の表面構造と水和構造を解き明かす−

ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI), 特任助教
ユルトセベル アイハンYURTSEVER, Ayhan

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 金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)のアイハン・ユルトセベル特任助教と福間剛士教授、東京大学の大長一帆助教と齋藤継之教授、JAMSTEC(海洋研究開発機構)の磯部紀之主任研究員と矢吹彬憲主任研究員、フィンランド・アールト大学のファビオ・プリアント博士および同大学/WPI-NanoLSI 海外主任研究員のアダム・フォスター教授らの共同研究グループは、3次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)(※1)と分子動力学(MD)シミュレーションを組み合わせ、キチン結晶表面の水和構造を精密に解析しました。

 キチンは、甲殻類の殻や昆虫の外骨格などに存在する天然多糖であり、生体適合性や高い機械的強度、抗菌性などの特性を有することから、持続可能な素材として注目されています。このようなキチンが持つ機能性を決定する要素の一つに、キチン結晶表面と接する水が形成する水和構造が挙げられます。しかしながら、その水和構造がキチンの結晶構造や溶液の pH などによってどのように変化し、それが機能性にどう影響するのかについては、これまで十分に解明されていませんでした。本研究では、3D-AFM と MDシミュレーションを用いてキチン結晶表面に形成される水和構造をサブナノスケールかつ3次元で詳細に解析しました。その結果、結晶表面には分子鎖に沿った秩序立った水和構造が形成されていることが明らかになり、その構造は周囲の pH やキチンの結晶構造(α型/β型)によって変化することが確認されました。この知見は、キチンが酵素とどのように相互作用するか、また材料としてどのような性質を示すかを理解するための手がかりとなり、機能性バイオマテリアルの設計に新たな視点をもたらすと期待されます。

 本研究成果は、2025 年 10 月 16 日(現地時間)に国際学術誌『Journal of the American Chemical Society』のオンライン版に掲載されました。

 

 

図1. (上段)βキチン結晶表面のAFM像。分子レベルで緻密に並んだ構造が描写されている。(中段)キチン結晶表面上で得られた3D-AFM像。結晶表面の分子レベル構造に応じてアーチ状の水和構造が形成されている様子が可視化されている。(下段)水和構造のMDシミュレーションの結果。

 

 

図 2. βキチン結晶表面における構造の不均一性。(A)雲母基板上に固定化されたβキチン結晶の液中 AFM 像。(B–F)結晶の繊維軸方向に沿って取得された高分解能 AFM 像(各像に示された楕円:部分的に乱れた領域)。

 

 

図 3. 実験データと MD シミュレーションの比較。(A–C)実験的に観察されたβキチン結晶表面の分子鎖方向に沿った垂直断面の周波数シフト分布像(2D-xz)。(D–F)MD シミュレーションした垂直断面における水分子の密度分布像(赤・青・緑の矢印:実験像とシミュレーション像で類似した水和構造のパターン)。(G–I)キチン分子鎖の近傍に存在する水分子の密度分布のスナップショット。(J–L)MD シミュレーションしたβキチン結晶表面と水分子との間に形成された水素結合ネットワーク。

 

 

【用語解説】

※1:3次元原子間力顕微鏡(3D atomic force microscopy: 3D-AFM)
 先端が非常に鋭く尖った探針で観察対象をなぞることで表面の凹凸を反映した画像取得する原子間力顕微鏡(AFM)を発展させ、3次元空間の計測を可能にした技術。探針を3次元的に動かし、その間に探針が感じる力を計測してその空間分布をマッピング
する。これにより、固体と液体の界面に存在する水和構造や表面揺動構造を原子・分子レベルの分解能で可視化できる。

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プレスリリース

ジャーナル名:Journal of the American Chemical Society

研究者情報:ユルトセベル アイハン
      宮田 一輝

 

 

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