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Research NEWS

RB1 がん抑制遺伝子が細胞の分化を制御する 新たな仕組みを発見 —がんの悪性化抑制に向けた新たな治療戦略に期待—

がん進展制御研究所,教授
髙橋 智聡TAKAHASHI, Chiaki

 金沢大学がん進展制御研究所の髙橋智聡教授、河野晋助教らと大阪大学大学院情報科学研究科の松田史生教授、岡橋伸幸准教授、清水浩教授らの共同研究グループは、RB1がん抑制遺伝子(※1)が細胞の分化(※2)を制御する全く新しいメカニズムを発見しました。

 これまで RB1 遺伝子は、細胞周期の異常な進行を抑えることによって、がんの発症を防ぐ「がん抑制遺伝子」として知られてきました。しかし、本研究により、RB1が細胞の代謝(エネルギーの使い方)を調整することで、がん細胞の分化を促進し、悪性化を抑制するという、新たな機能が明らかになりました。

 研究グループはまず、RB1 の働きが失われると、細胞の分化が抑制され、がんの悪性度(未分化性)が高まるがん細胞系(がん細胞モデル)を樹立しました。さらに解析を進めた結果、RB1 を失った細胞では、「解糖系(※3)」と呼ばれる代謝経路のバランスが大きく崩れることが分かりました。その主な原因が、解糖系に関与する酵素遺伝子「PGAM(phosphoglycerate mutase、※4)」の発現が著しく低下することであることを突き止めました。この現象は、がん細胞だけでなく、骨格筋や脂肪組織を作る正常な細胞でも同様に見られ、RB1 と PGAM の関係が細胞分化の普遍的な制御機構である可能性が示されました。

 本研究成果は、がん細胞の代謝機構に介入することによって分化を促し、悪性化を抑制する、という新たながん治療戦略の道を拓くものです。今後、RB1 および PGAM を標的とした治療法の開発が期待されます。

 本研究成果は、2025 年 7 月 24 日 23 時(日本時間)に英誌『Cell Death and Disease』(Nature Springer 社)のオンライン版に掲載されました。

図 1 解糖系の大部分の酵素は、がん関連転写因子である Myc や低酸素応答因子 HIF1α によって転写制御を受けています。一方、PGAM(phosphoglycerate mutase)だけはこれらの制御経路から外れており、がん抑制遺伝子である RB1 により特異的に制御されることが本研究によって明らかになりました。この発見は、RB1 が代謝経路を介して細胞分化を促進し、がん化を抑制するという新しい分子機構を示しています。

 

【用語解説】

※1 RB1がん抑制遺伝子
 RB1は、代表的ながん抑制遺伝子の一つで、生まれつきRB1遺伝子に異常があると、網膜芽細胞腫などのがんを発症することがあります。RB1は、細胞周期を進行させる遺伝子群の働きを抑えることや、細胞の分化を促進することにより、細胞の無秩序な増殖を抑制します。さまざまながんにおいて、RB1は可逆的あるいは不可逆的にその機能を失っていることが知られています。

※2 細胞の分化
 未成熟な細胞が、筋肉や神経など特定の役割を持つ機能的な細胞へと変化する過程を指します。がんでは、この分化の過程が阻害されることにより、未分化で増殖性の高い悪性細胞が生じると考えられています。

※3 解糖系
 細胞が糖(グルコース)を分解して、エネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)を産生する基本的な代謝経路です。がん細胞では、この経路が異常に活性化していることが多く、「ワールブルグ効果」として知られています。

※4 phosphoglycerate mutase(PGAM)
 解糖系に関与する酵素の一つで、グルコース代謝の中間段階で重要な役割を果たします。エネルギー産生や細胞の代謝バランスを調節するうえで不可欠な酵素です。

 

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ジャーナル名:Cell Death and Disease

研究者情報:髙橋智聡河野晋

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