化学組成が同じで結晶構造が異なる物質を結晶多形といい、物性や化学的性質が異なるため、その中から所望の構造を選択的に成長させることは材料や医薬品の創製において重要なポイントです。しかしながら、多形間に転移をともなう結晶化の詳細なプロセスは未解明であり、分子や原子スケールでの描像が求められています。本研究では、相転移のモデルとしてコロイド系を用いて、結晶多形の選択機構の解明にアプローチしました。
東北大学金属材料研究所の野澤純特任助教(研究当時)、金沢大学学術メディア創成センターの佐藤正英教授、東北大学未来科学技術共同研究センターの宇田聡教授、東北大学金属材料研究所の藤原航三教授からなる研究グループは、コロイド結晶においてヘテロエピタキシャル成長を用いることで結晶多形の形成を実現し、1粒子分解能のその場観察によって多形転移が核形成や結晶成長に与える効果を明らかにしました。特に、核形成や成長のプロセスで起こる3種類の多形転移が、最終的な結晶多形の選択に重要な役割を果たすことを見出しました。この研究の成果は、創薬を含むさまざまな系における結晶多形の制御に大きく貢献すると期待されます。
本研究成果は、2025年4月9日(英国夏時間)に科学誌『Communications Physics』に掲載されました。
【発表のポイント】
● 結晶多形(※1)の制御は結晶育成の様々な局面において極めて重要ですが、どの結晶多形が選択されるのかという詳細なメカニズムは未解明です。
● 本研究では、大きさが1マイクロメートル以下(サブミクロン)のコロイド粒子が規則配列したコロイド結晶(※2)の結晶多形の形成を,ヘテロエピタキシャル成長(※3)により実現し、その場観察によって核形成(※4)や結晶成長中の多形転移(※5)の挙動を明らかにしました。
● 核形成以前の状態であるクラスターの安定性や晶出結晶のサイズが多形転移を引き起こす重要な因子であり、それが最終的に選択される結晶多形の選択に寄与していることを明らかにしました。さらに、各多形におけるクラスター形態の違いに着目した多形制御を実証しました。

図1:(a) ヘテロエピタキシャル成長により得られた結晶多形の顕微鏡像および模式図(α相:緑色,β相:赤色)。粒径 860nmのポリスチレン粒子をエピタキシャル相、1300nmを基板結晶に使用。(b) 核形成における多形転移のスナップショット。(c) 結晶成長に起きる溶液を媒介して発生するβ相からα相への多形転移のスナップショット。(d) 結晶成長中に起きる固体のα相から固体のβ相への多形転移のスナップショット。

図2:多形転移による多様な結晶化経路を示す模式図。
【用語解説】
※1:結晶多形
同じ化学式で結晶構造の異なる物質。例えば、グラファイトとダイヤモンドなど。
※2:コロイド結晶
サイズが原子や低分子よりは大きいサブミクロンの粒子が液中に分散している状態をコロイド状態、溶液中に分散している粒子をコロイド粒子と言う。コロイド粒子が、結晶中の分子や原子のように規則配列した構造体をコロイド結晶と呼ぶ。フォトニクス材料への応用や相転移のメカニズムの研究に用いられる。
※3:ヘテロエピタキシャル成長
エピタキシーとは基板結晶(下地)の上に基板結晶とある一定の結晶方位関係をもって結晶相を成長させる成長様式であり、成長したい結晶と下地基板が同じ場合はホモエピタキシー、異なる場合をヘテロエピタキシーと呼ぶ。
※4:核形成
気相や液相の中に熱的な揺らぎによって結晶の種ができる過程。
※5:多形転移
1 つの多形から別の多形の構造へ変化すること。
ジャーナル名:Communications Physics
研究者情報:佐藤 正英