「不思議」と「知りたい」が研究の原点
大学生の頃、全身が緑色に光る「GFPマウス」の存在を知り「面白そうなことをやっているな!」と感じたのが、研究の道に進むきっかけと語るのは、がん進展制御研究所で研究に励んでいる田所優子助教。GFPマウスとは、緑色蛍光タンパク質(GFP)という光るタンパク質を持つ遺伝子を組み込んだマウスのこと。細胞の中でGFPが作られると、紫外線などの光を当てることで、緑色に光るというメカニズムだ。この技術により、目に見えない細胞のふるまいを「光」で可視化できるようになった。生命が光るという現象に驚きと興味を抱いた田所先生は、さらに生命現象の裏側にある仕組みを知りたいと思い、「幹細胞」に関心を持つようになったと話す。幹細胞とは、自らを複製する力(自己複製能)と、さまざまな種類の細胞に変化する力(分化能)をあわせ持つ、特異な性質を持つ細胞である。そのメカニズムは、いまもなお解明されておらず、周囲の環境や細胞との関係によって機能が変化するという曖昧さを含んでいる。だが、その不思議こそが「生命の本質に迫る鍵である」と田所先生は語る。「わからないことを知りたい」という純粋な動機が、田所先生の研究者としての第一歩となった。
造血幹細胞 ~生命現象の不思議の一端を紐解く~
田所先生は現在、幹細胞研究の中でも、特に「造血幹細胞」に着目している。造血幹細胞とは、骨髄などに存在し、赤血球、白血球、血小板など、すべての血液細胞を生み出す源となる細胞である。その最大の特徴は、上述の「自己複製能」と「分化能」という二つの能力を持つ点にある。田所先生の研究のターゲットは、これらの能力がどのように維持され、制御されているのかを明らかにすることである。幹細胞は、加齢とともにその機能が低下することが知られているが、そのメカニズムを解き明かすことができれば、幹細胞を若返らせることや、再び活性化させることも可能になるかもしれない。このことは、血液の再生や免疫機能の回復などにつながり、医療への応用が期待される。幹細胞のふるまいは、単なる細胞の動きではなく、生命がどのようにして自らを維持し、更新し続けているのかという根源的な問いに関わっている。田所先生は、こうした生命の持続性に潜む仕組みを解き明かすことで、「生きているとはどういうことか」という本質的な問いの答えに近づこうとしている。
実験を積み重ねて、知識を積み上げる ~データだけでなく考え方も示したい~
田所先生の志は、「実験を積み重ねて、知識を積み上げ、生命現象のメカニズムを明らかにすること」、そして、「なぜその現象が起こるのか、それが生体にとってどんな意味を持つのか」までを深く考えることである。「研究とは、単にデータを集めて結果を出す作業ではない。現象の背後にある意義や、生命がそのようにふるまう理由を問い続ける探究である」と田所先生は語る。幹細胞のように、環境によって変化する「曖昧な」存在に向き合うことで、生命の柔軟性と複雑性を理解する視点が養われる。田所先生は、研究成果だけでなく、そこに至る思考のプロセスや問いの立て方を示すことを大切にしている。生命とは何か、私たちの体はどのように維持されているのか、その本質に迫るために、日々の実験と対話を重ねる。この田所先生の探究が、生命科学の未来に、新たな視点と深い洞察をもたらしてくれることを期待したい。
(サイエンスライター・見寺 祐子)