平成22年度 金沢大学学位記・修了証書授与式 学長告辞

掲載日:2011-3-22
学長メッセージ

平成23年3月22日 いしかわ総合スポーツセンター

本日ここに,平成22年度金沢大学学位記授与式が挙行されますこと,誠に慶賀に存じます。ただ今学部卒業生1771名,学域卒業生2名,大学院修了生724名,別科修了生38名の方々に学位記および修了証書をお渡し致しました。みなさんおめでとうございます。心からのお祝いを申し上げます。ご家族・保護者の方々には,これまでのご苦労と本学へのご協力に感謝し,併せてお慶びを申し上げます。

皆さんは学位を取得されました。学位の取得は,生涯にわたる学(まなび)の区切りであり,今後は,これまでに得たものを如何に磨き,活かすかが問われます。金沢大学で勉学したことに加え,師や友人,先輩や後輩さらには地域の方々との交わりなど,在学中に得たことを将来の糧にされることを願っています。

11日前,今月11日に,東北地方太平洋沖地震がおきました。それは,明治以来,日本が経験したことのない強烈なものでした。津波は5m,10mという防潮堤を軽々と越え,家々を人もろともに飲み込んでいきました。亡くなられた方々に,改めて心からお悔み申し上げます。また,地震とともに,原子力発電所にレベル5の事故が発生し,未だ終息せず,地域住民に多大な影響が出ております。 現在,地震の被害があまりにも広く,大きく,事態は未だ混沌としていますが,被災された方々が一刻も早く日常の生活にもどられるよう願っております。石川県では4年前,能登半島地震が発生し,多くの学生や教職員が復旧に参画し,被災された方々の心身両面にわたる不安感を共有し,必要に基づいたきめ細かい支援の大切さを実感しました。このような経験も踏まえ,本学としても,今回の地震からの復興に,最大限の助力をする覚悟でおります。

さて,皆さんが過ごした学生時代はいかなる時代であったかを思い起こして下さい。昭和が平成となり,東西冷戦の終結に導いたベルリンの壁が崩壊した22年前,1989年,を想起させる,極めて劇的な変化の時代ということができるでありましょう。2008年にはリーマン・ブラザーズの破綻を契機として世界同時不況が進行し,2年半過ぎた現在においても,世界経済はふらついています。また,世界各地で異常気象が発生し「地球温暖化」が現実的危機として認識され,温室効果ガスの削減が持続可能性の視点を踏まえ,地球規模で真剣に議論され,種々の施策が実行され始めています。今回の地震も含め,歴史が教えるところを知り,歴史の重みに目を向けることこそ,未来を創る原動力となります。自らの過去を見ることにより,これからの生き方が見え,社会を見ることにより,人生の方向が見えてきます。学生時代がいかなる時代であったかに耳を澄まし,現在を深く知り,認識することにより自らの立つ位置を見いだし,未来を作る共同作業に参画して下さい。

21世紀の大きな特徴の一つはグローバリゼーションであります。モノやヒトの交流を主体とするグローバリゼーションの起源は,16世紀の大航海時代,あるいは18世紀のイギリスにおける工業化が起源とされています。しかし,交流の拡大という観点からみれば,人類の歴史とともにグローバリゼーションは進行しているといえるでありましょう。グローバリゼーションは有史以来絶え間なく続きその過程で人類に光りと蔭をもたらしてきました。

近年のグローバリゼーションは,ベルリンの壁崩壊後とほぼ重なっており,ジャンボ機などの大量輸送手段,インターネットや携帯電話などの情報通信手段によって支えられています。進行しているグローバリゼーションは,世界経済の拡大と繁栄をもたらしましたが,同時に世界金融危機,地球温暖化,テロ,感染症の世界的大流行などの地球的規模の問題を引き起こしています。

では,どのようにグローバリゼーションに立ち向かえばよいのでしょうか。

1911(明治44)年,森鴎外は随筆「鼎軒(ていけん)先生」の中で「私は日本の近世の学者を一本足の学者と二本足の学者とに分ける。新しい日本は東洋の文化と西洋の文化とが落ち合って渦を巻いている国である。・・・時代は二本足の学者を要求する,東西両洋の文化を,一本ずつの足で踏まえて立っている学者を要求する。」と述べています。日本は東洋の足と西洋の足の二本の足で歩かねばならないということでありましょう。それから丁度100年,我が国は,日本の文化を残しながら,西洋の足に重きを置きつつ,見事に西洋の文化を取り込んで発展してきました。そして今,西洋文明の一つの極限である20世紀型工業文明が転換期を迎え新たな文明の土台(文化)が模索されています。和魂漢才(わこんかんさい),和魂洋才として表現されるように,我が国固有の文化を残しながらも,中国文化,西洋文化を取り入れた我が国は,グローバリゼーションの世界において新しい文明の創造に最も近い立場にあると確信しています。それは,人類を一つと認識する文明,世界文明でありましょうか?今こそ東洋の足と西洋の足の二本足でしっかり立ち,歩まねばなりません。

日本の歴史を顧(かえり)みると,中国の文化と西洋の技術文明を受け入れ,消化しながら日本は発展してきました。ただし,文化と技術は大いに受け入れてきたものの,人とそこに流れる思想をそのまま受け入れることは,ほとんどありませんでした。今直面しているグローバル化は人と情報の移動なしでは語れません。文明の転換期と認識される今ほど,人の交流が求められる時代はありません。新しい文明は,人と経済と思想の沸騰するようなルツボから生まれます。だからこそ,一人一人が個人としてグローバリゼーションに向かって進まねばなりません。

江戸時代,大方の日本人は生まれたところで学び・生活し,そしてそこで一生を終えたことでありましょう。明治の時代から,人は生活の範囲を拡げ,生まれた場所から離れ,日本国内,沖縄から北海道まであらゆる場所で,さらには国境を越え,学び・生活できるようになりました。そして明治維新から150年たった今,我々は一歩前進し国境を越え,世界中あらゆる所を日常の場として,学び・生活することが可能となり,また,要請される時代となりました。アジア地域は,気候・文化に共通点を有し,距離的にも近く数時間で往来が可能であります。小松から上海までわずか2時間です。国境はありますが,一つの地域であります。このように条件は整っています。後は,一歩海外に向けて踏み出そうという,皆さんの心意気に日本の将来はかかっています。発展するアジアと共に自らの可能性に挑戦する事を期待します。

大学憲章で「東アジアにおける知の拠点として,グローバル化の進む世界に情報を発信する」と謳っている我が大学は,一昨年(2009年)来アジアを中心に海外事務所の設置,留学生の増加に努めて来ました。現在,アジアを中心に19ヶ所の海外事務所を展開し,留学生は一昨年に比べ約150名の増加を達成し500名を超えるに至っております。是非,とにかく一度は外の世界を見聞し,外から自らをそして日本を見つめなおして下さい。

18世紀の産業革命を起点とする,大量生産・大量消費で特徴づけられる20世紀型工業文明は終焉を迎え,大きく転換しつつあります。今まさに,経済,政治,科学,社会のあらゆる面において認識・思考・価値観の転換,即ちパラダイムシフト(世界観のもとになっている認識,思考,価値観=パラダイム,が根本的に変わること)が起きつつあります。21世紀の文明を一言でいえば「情報とコミュニケーション」であるとも言われています。去る1月24日のモスクワ空港での自爆テロの現地映像は,メディアより早く,ネットを介して世界中に伝わりました。また,チュニジアでの大統領追放劇に端を発した,昨今の中東・北アフリカにおける民衆の原動力は,ネットを介した情報の発信と共有でした。このように,皆さんは情報共有の世界同時性という,これまで人類が経験したことがない世界を歩むことになります。今まで金沢大学で培ってきた全てを礎にパラダイムシフトに参加して下さい。明るい未来を自ら構想されんことを期待します。

皆さんはすでに御存知かと思いますが,1862年に始まる加賀藩種痘所を源流とする母校金沢大学は,来年,2012年に創基150年を迎えます。我々はささやかに,しかし厳粛に,創基150年を祝う予定です。この様な伝統ある金沢大学で学んだことを誇りとし,勇気をもって志高く一歩前に踏み出し,グローバルに活躍されますよう願っております。

21世紀は知識基盤社会であり,生涯に渡り継続的に学ばなければなりません。金沢大学は皆さんの,知の創造の原点という意味で,母なる港,母港であります。同窓生として,仕事の関係で,またふたたび学ぶために母校を訪ねられることがあれば,母校は暖かく迎えることを約束します。私は昨年(2010年)の入学宣誓式告辞で「彊い金沢大学生」として育つよう激励しました。皆さんが新しい知の創造を担う「彊い金沢大学卒業生,彊い社会人」として健闘・発展されることを願い,告辞と致します。

平成23年3月22日

金沢大学長  中村 信一

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