平成21年度 金沢大学学位記・修了証書授与式 学長告辞

平成22年3月23日 いしかわ総合スポーツセンター

本日ここに,平成21年度金沢大学学位記・修了証書授与式が挙行されますこと,誠に慶賀に存じます。ただ今学部卒業生1,791名,大学院修了生718名,別科修了生36名の方々に学位記および修了証書をお渡し致しました。皆さんおめでとうございます。心からのお祝いを申し上げます。ご家族・保護者の方々には,これまでのご苦労と本学へのご支援に感謝し,併せてお慶びを申し上げます。

人生の大きな区切とするこの日,皆さんには,ぜひとも我が大学の大学憲章を思い起こして頂きたく思います。憲章の前文で「金沢大学は,本学の活動が21世紀の時代を切り拓き,世界の平和と人類の持続的な発展に資するとの認識に立つ」ことを明記し,また,教育について「学生の個性と学ぶ権利を尊重し,自学自習を基本とする」と謳っています。このような金沢大学で学んだ皆さんは今,知的訓練に耐えるたくましい体質を獲得し,21世紀の時代を切り拓いていこうとする強い決意を抱いているものと信じています。教養や,専門の授業,教員の暖かい言葉・厳しい言葉,友との出会い・別れ,サークル活動での興奮・落胆,日々の生活の喜び・悲しみ,走馬燈のように胸に浮かぶ事柄を思い起こし,それらが己を動かす原動力である事を認識して下さい。特に多感な青春時代に育まれた「友情」,それは人生のこよなき宝物として,生涯大切にして下さい。 皆さんは4月から社会人として,あるいは大学院生として人生の新たな一歩を踏み出します。今年は2010年,21世紀に入って10年目。人類は資源・エネルギーの枯渇,地球温暖化,経済危機など,これまでになく切実な地球規模の問題に直面しております。さらに,感染症の問題もまたグローバル化の進行とともに一層深刻化しており,昨年春以来の新型インフルエンザの流行は終息の方向にありますが,今もなお世界的大流行が続いております。これらの地球規模の大問題に対し,大学という知の最前線で活躍する我々も,大学を巣立ってゆく皆さんも,決意のありようで大きく貢献できるはずです。

新しい門出にあたり,新型インフルエンザの世界的大流行に関連して私の思うところを述べたいと思います。新型インフルエンザについては従来アジアを起源とする強病原性トリ型インフルエンザを想定し様々な対策が考えられて来ました。しかしながら,その想定は見事に外れ,メキシコで豚型の新型インフルエンザが昨年4月に発生し,5月には我が国でも感染者が発生,6月12日には世界保健機構(WHO)は世界的大流行,パンデミックを宣言しました。現在に至るまで,我が国では数千万人,世界で数億人が感染したと推定されています。拡大防止,感染予防には各国が様々な方策を講じました。我が国では,新型インフルエンザ感染防止のためにマスク着用が日常的に広く行われたことは,皆さんもよくご存じの通りです。ニューヨーク・タイムス電子版は「マスクに手洗い,日本は偏執狂」と書いたそうです。しかし,「呼吸器感染症流行時にマスク」,それは日本の文化でありましょう。さらに,空港では厳重な検疫が,感染者発生にあたっては綿密な追跡調査などが行われ,現代の高度な科学技術を背景に流行の拡がりの過程について貴重なデータが収集されました。これもまた「日本らしい文化の形」でありましょう。これらの蓄積されたデータは今後の新型感染症対策に極めて有益である筈です。つまり,私が申し上げたいのは,新型インフルエンザ問題は我々に,文化の多様性がグローバルな問題の解決の糸口となることを教えているのではないかと言うことです。このことは,また,グローバル化した世界における文化の多様性が如何に重要かということを意味しております。

今日,グローバル化により個々の国や民族が継承してきた固有の文化は徐々に失われています。ある人類学者は「19世紀後半までの地球には数千の文化があったが,現在は200しかない」とも言っています。独特な(日本固有の)地理的環境と長い歴史の中で培われてきた日本文化は過去においても西欧社会に大きな影響を与えて来ました。芸術文化の領域では,19世紀,ルネサンス以降のアカデミズムの行き詰まりに悩む印象派の画家たちが,デッサンにこだわらない自由なデフォルメと陰影のない明快な色彩に裏打ちされた浮世絵版画により刺激を受け,新たな画法のインスピレーションを,そこに見いだしたことは良く知られていることです。能楽や茶道,華道においてもしかり。日本の美の世界をじかに経験したフランスの著名な哲学者コジェーブは,「階級がなく,互いに争うことが無く,生きる上 で過酷な労働の必要もない世界では,人は人間であることをやめて動物性に戻るだろう」というかつての自分の見解を,「たとえそうした世界でもそこに能楽・ 茶道・華道があれば,人が人間のままで留まっていられる」と訂正するに至りました。また,かの有名な聖徳太子の17条憲法以来,我々の心に連綿として宿っている和の精神は,チームワークとして世界的に高く評価されているところです。近年,チームワークや武士道は日本人が見過ごしている強みとも言われています。自然との関わりにおいては西洋とは異なり,ヒトと自然は対立するものではなく,ヒトと自然は互いの調和の上に生きているという独自の自然観を育んでいます。さらには,大正期から昭和にかけて活躍した文明評論家,長谷川如是閑が,ギリシャの「頭脳の文明」に対比して「手の文明」と呼んだように,我々はものづくりで優れた能力を持ち合わせております。また,ものづくりに秀でた人を尊敬する文化を持っています。皆さんにおいては日本文化に一層の想いを致し,グローバルに活躍していただきたく思います。

現下の世界は一昨年9月15日のリーマンブラザーズの破綻を契機として一気に進行した世界同時経済不況,地球温暖化,そして資源,特に化石燃料の枯渇等,地球規模での解決をせまられる問題が次々と起きています。18世紀の産業革命を起点とする,大量生産・大量消費で特徴づけられる20世紀型工業文明とそれを支えた社会システムは終焉を迎え,大きく転換しつつあります。21世紀においては,化石燃料,言わば「過去の太陽」に決別し,「今の太陽」とともに生きるというパラダイムシフトが進むでしょう。皆さんはこのようにダイナミックに変わりつつある世界を歩むことになります。頭を上げ,今まで金沢大学で培ってきた全てを投入しパラダイムシフトに参加して下さい。明るい未来のために,明るい未来を自ら構想されんことを期待致します。

皆さんはすでにご存知かと思いますが,1862年に始まる加賀藩種痘所を源流とする母校金沢大学は,2年後の2012年に創基150年を迎えます。我々はささやかに,しかし厳粛に,創基150年を祝う予定です。この様な伝統ある金沢大学で学んだことを誇りとし,皆さんが世界の平和と人類の持続的な発展に尽くされんことを期待します。21世紀は知識基盤社会であり,生涯にわたり継続的に学習せねばなりません。金沢大学は皆さんの,知と創造の原点という意味で,いつまでも変わる事なき母なる港,母港であります。同窓生として,仕事の関係で,また再び学ぶために母校を訪ねられることがあれば,母校は暖かく迎えることを約束します。「新風文化の扉は開かれ あたらしの人 世代にあふれ」。これは本学の校歌の一節です。「あたらしの人」として皆さんが活躍し,さらに発展することを願い,告辞とします。

平成22年3月23日

金沢大学長  中村 信一

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