平成22年度 金沢大学入学宣誓式学長告辞

掲載日:2010-4-7
学長メッセージ

平成22年4月7日 いしかわ総合スポーツセンター

本日ここに1,925 名の新入生を迎え ,平成22 年度金沢大学入学宣誓式が挙行されますことは ,本学の大きな慶びであります。新入生の諸君には ,金沢大学を代表して ,歓迎の意を表する次第であります。また ,今日の日を共に祝うために ,ここに参集されました ご家族の皆さまに対しましても ,心よりお祝いを申し上げます。

さて ,諸君が入学された金沢大学は , 1862年に設立された医学部の起源である加賀藩種痘所を源流としています。1867年には小規模ながらも医師養成を行う卯辰山養生所ができ, 同時に製薬所舎密局が付設されています。舎密はchemistry の訳語で,これが薬学部の前身となっています。1874年には教育学部の前身である集成学校・石川県師範学校ができ,1894年に第四高等学校が設立され ました。第四高等学校には文科と理科があり,それぞれ,その後の法学,文学,経済学部,および理学部の母体となっています。工学系は一番新しくて,1920年に設立された金沢高等工業学校が,工学部へと発展しました。

金沢大学はこの様な様々な歴史と伝統をもった学校が国立学校設置法のもとで統合され,1949年に設置されました。以来 ,59年の歩みの中で ,8学部・25学科・課程を有する大学へと発展してきました。この間 ,私たちは ,社会のための大学とは何か ,という問いを ,常に自らに投げかけ,その集大成として ,大学の理念と目標を「金沢大学憲章」として2004年に定めました。憲章の中で,自らを ,「地域と世界に開かれた教育重視の研究大学」と位置づけ,目標実現の第一歩として ,一昨年4月 ,これまでの8学部・25学科・課程を再編成し ,「3学域・16学類」の教育組織を構築しました。諸君はこの学域学類制の第3期生ということになります。

金沢大学の学域学類制は我が国の大学における学士課程教育の活性化を目指す,新たな試みです。この新しいモデルを実りあるものとしていくための営みに,諸君の積極的な参加を願っています。人間社会学域や理工学域に入学した諸君は ,幅広い枠組みの中で共通教育,キャリア教育,専門基礎教育等,学びの基礎を固めつつ,各自の進みたい分野・コースを選んでいくことになります。医薬保健学域に入学した諸君は ,チーム医療という視点に基づいてつくられたカリキュラムで学ぶことで ,患者本位の全人的医療に貢献できる医療人として育っていくことが期待されています。諸君には ,この新しい学域 学類制を実感し ,自らの明日を目指して情熱を持って学んで頂きたい。

かつては 大学に入学し,卒業することは将来の安定を保証するものだと思われていました。特に,1950年代後半から1960年代前半の第一次高度経済成長期,さらに1960年代半ばから1970年代前半の第二次高度経済成長期の頃,大学に入ることは豊かさへの切符であり,社会が自己の存在理由Raison d’êtreを与えてくれました。しかしながら, 大学進学率が50%を越え ,高等教育がユニバーサル 段階に突入した今,Raison d’êtreは自ら問い求めねばなりません。我々は2つの軸を支点として めぐり行く世界に身を置いています。すなわち,地球上に生命が誕生してから30億年,ホモサピエンス誕生から20万年,我々が生まれてからの年数といった時間軸,そして ,個人,家族,社会,国家,世界といった空間軸。 そのような時間軸と空間軸の間において,己の存在理Raison d’êtreとは何かと 問う力,言い換えれば今という社会空間における自身の位置付けができる力が求められています。私はこれを教養といいます。

諸君は教養を涵養しRaison d’être を問い求め,そして自分が何をやりたいかを見つけねばなりません。諸君のこの様な学びのために,人間科学,社会科学,自然科学からなる一般科目,総合科目, 言語科目,情報処理科目等,様々な教育プログラムを準備しています。さらに,「金沢市中心部での街中講義」や 能登半島に教育研究の拠点,「能登オペレーティング・ユニット」を設け,新たに環境教育を精力的に開発しつつあります。また,教養を涵養する上で諸君に是非読んで頂きたい本を, この壇上に並んで おられる 各学類長から推薦していただきました。是非,全部を読破して下さい。欲を 言えば,トルストイの「戦争と平和」などの 重厚な書物をも恐れずに読 むことを勧めます。日々の生活も教養の涵養には大切なことです。金沢大学には80余りのサークルがあります。文化やスポーツ等の課外活動を通じ,友情を育んで下さい。外国人との交わりも重要です。金沢大学は.「東アジアにおける知の拠点」として現在アジアを中心にリエゾン・オフイスを設け留学生の増加を図っています。是非,外国に出かけ,また,留学生と日常的に交流して下さい。広く多様な学び,深い学び,様々な人との出会い・別れ,喜びや悲しみ, 様々な言語や異文化との出会いなど,多様な思考との交わりが教養を涵養するでしょう。

21世紀に入って10年目のいま ,大量生産 ,大量消費をパラダイムとする ,これまでの20世紀型工業文明は終焉を迎えようとしています。文明の転換期には ,それまでの経験はあまり役に立たず,深い教養 が問題解決の糧となり,自己の生きる道を指し示すでありましょう。諸君は,培われた教養に裏付けられたRaison d’êtreに基づき時代を洞察し,自分のやりたいことを見いだして下さい。

学問や研究の基本は自らの関心と興味にあります。自らの関心と興味 は各自の生まれてからの歴史や環境 を基礎として生まれます。諸君はこれ までの各々の関心や興味に基づき,金沢大学を選び,本日の姿があるのでありましょう。明日から始まる大学生活での学びは,今までの関心や興味を一層強くすることが期待されます。一方,迷いが生ずるかも知れません。いずれにしましても,深い教養が専門の学びを先導し,また,創造力の原動力となるでありましょう。もう一つ大切なことは人生の師との出会いです。私自身の過去を振り返る時,迷いが生じた時にこそ,一生の師とする人に遭遇するように思われます。 赤痢の原因菌を発見した志賀潔先生は,「先人の跡を師とせず,先人の心を師とすべし」と述べられました。金沢大学には1,000人余の優れた教員がいます。諸君が新たな学びの世界を歩んで行く中で人生の師と出会うことを念じています。

諸君が生き る21世紀の今 , 資源・エネルギー,食糧,人口,地球温暖化,環境など ,これまで人類が経験したことのない ,地球規模での問題に私たちは直面しています。これらの問題は持続可能性あるいは生存可能性の観点から国内的にも国際的にも種々議論されていることは 承知の通りであります。この様な状況の中,本年は国際連合が定める「国際生物多様性年」であり,10月には,生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が 我が国で開催され,その関連行事 が本学との協働 のもとに石川県で開催されます。 これに関連して,生物多様性について私の思うところを述べたいと思います。アメリカのレイチェル・カーソン は1962 年 に 「サイレント・スプリング」という有名な 本を著しました。そこでカーソンは,「春になっても鳥は鳴かず,生きものが静かにいなくなってしまった」と記し , 農薬や殺虫剤による環境汚染に警鐘を鳴らした原点と なりました。その後,日本ではトキが絶滅しました 。近年,生物多様性が急速に失われつつあると推定され , 年間4 万 種の生物が絶滅していると もいわれています。今,まさにレイチェル・カーソンの「私たちはどちらの道をとるか」との問いを真剣に考え行動せねばなりません。金沢大学では角間への移転とともに角間の里山ゾーンを使って, 1995 年 から生物多様性の長期モニタリングを中心とした研究を行っています。諸君には,生物多様性 への関心を持っていただきたい。これは,ひいては我々を取りまく社会と環境への洞察力を養う糧となるからです。

本学は1862年にその礎石 を 置いて以来,2012年に150年を迎えます。諸君 , 2012年を創基150年として共に祝おうではありませんか。

金沢大学が位置する金沢市は,加賀前田藩の城下町として栄え,加賀宝生など独自の芸術文化を育んできた「歴史都市」であり,また一方,伝統の中で創造が芽吹いている「創造都市」でもあります。斬新な金沢21世紀美術館を兼六園という日本屈指の庭園と隣り合わせに建て,そこに環境と調和した空間を作り上げた金沢は,時代を切り拓く鋭い感覚を備えたルネサンス都市と言えます。そして,学生に優しい街でもあります。そこでの生活,人との交わり,文化芸術との出会いは,諸君の勉学をいっそう実りあるものとすることでしょう。ここ,金沢大学において学ぶことを誇りとし,充実した大学生活を謳歌され,「彊い金沢大学生」として育っていかれることを祈念し,告辞と致します。

平成22年4月7日

金沢大学長 中村 信一

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