平成23年度 金沢大学入学宣誓式学長告辞

平成23年4月7日 いしかわ総合スポーツセンター

本日ここに入学宣誓式を迎えた1,939名の新入生の皆さんに,金沢大学を代表して,歓迎の意を表します。また,今日の日を共に祝うために,ここに参集されたご家族・保護者の皆さまに対しましても,心よりのお祝いを申し上げます。

去る3月11日に,東北地方太平洋沖地震がおきました。それは,これまで日本が経験したことのないすさまじいものでした。亡くなられた方々に,改めて心からお悔み申し上げます。また,地震とともに,福島第一原子力発電所にレベル5の事故が発生し,未だに収束していません。 現在,地震の被害があまりにも広く,大きく,原発事故と相まって,事態は未だ混沌としていますが,被災地の方々の復興に向けたつち音は,時とともに大きく聞えてきます。本学としても,医師・看護師派遣,救援物資の送付,放射能汚染土壌の分析など,今回の地震からの復興に,本学の持てる力を精一杯尽くしています。今後も,力の限りの助力をする覚悟でおります。また,本日ここに集う新入生の皆さんにも,ご家族・親族が直接・間接に被災された方がおられると思います。大学は,今回の地震の影響を受けられた学生の皆さんには最大限の支援をいたします。

さて,金沢大学は,昨年,2010年11月6日,金沢城公園に「金沢大学誕生の地」の碑を建立しました。その碑文には,「金沢大学は,1949年5月31日旧制の金沢医科大学,同附属薬学専門部,金沢高等師範学校,第四高等学校,金沢工業専門学校,石川師範学校及び石川青年師範学校を前身に,ここ金沢城跡をメインキャンパスとして設置された。爾来46年,1995年2月16日,最後の部局が角間キャンパスに移転するまでの間,この城内には法文学部(のちの文学部,法学部及び経済学部),教育学部,理学部,薬学部生薬学教室,教養部,附属図書館及び大学本部(事務局

学生部)が置かれ,幾多の有為な人材を輩出した。この地に金沢大学が誕生し,我が国有数の国立総合大学として発展したことを記し,碑を建立する」とあります。是非,金沢城公園を訪れ金沢大学誕生の地を実感して下さい。このような歴史を有する金沢大学は1862年に設立された加賀藩種痘所を源流としており,我が国で3番目に古い歴史を有しています。来年,2012年は,その礎が築かれてから150年を迎えることになります。来年を創基150年として皆さんとともに祝おうではありませんか。

大学とは,学問の府であるとともに,社会のための大学であり,社会により活かされている組織です。大学の歴史においては,学問の伝統を守り,学問を発展させながらも,時代時代の社会の要請に応えて来ました。私たちは,社会のための大学とは何か?という問いを,常に自らに投げかけ,2004年4月,大学の理念と目標を「金沢大学憲章」として定めました。憲章の中で,自らを,「地域と世界に開かれた教育重視の研究大学」と位置づけ,目標実現の第一歩として,2008年4月,それまでの8学部・25学科・課程を再編成し,「3学域・16学類」の教育組織を構築しました。皆さんはこの学域学類制の第4期生ということになります。諸君には,この新しい学域学類制を実感し,自らの明日を目指して情熱を持って学んで頂きたい。

昨今の大学卒業生の就職難に直面し,高等教育を預かる行政府も大学も,少々アタフタしているようです。本年4月からは,大学が職業教育,キャリア教育に取り組むようにという,文部科学省令が施行されました。しかし,このような職業教育の必要性は,今に始まったわけではありません。今から丁度100年前,1911年,夏目漱石は随筆「道楽と職業」の中で,大学における職業教育の必要性を次のように説いています。「私はかって大学に職業学という講座を設けてはどうかということを考えた事がある。建議しやしませぬが,ただ考えたことがあるのです。なぜだというと,多くの学生が大学を出る。最高等の教育の府を出る。もちろん天下の秀才が出るものと仮定しまして,そうしてその秀才が出てから何をしているかというと,何か糊口の口がないか何か生活の手蔓はないかと朝から晩まで捜して歩いている。天下の秀才を何かないか何かないかと血眼にさせて遊ばせておくのは不経済の話で,一日遊ばせておけば一日の損である」。漱石の言うことは確かに現代にも一脈を通じるものがあります。金沢大学では「社会のための大学」,「教育重視の研究大学」として既に一昨年から全国の大学に先駆けて「就業基礎力12の力」等のキャリア支援教育を行っています。皆さんにおいては,漱石の嘆きに身を置かないようにするためにも,キャリア形成に積極的に参加していただきたい。

皆さん,中濱万次郎,ジョン万次郎という名前を御存知でしょうか?1843年,日本人として初めてアメリカ本土の土を踏んだ日本人です。万次郎の長男,中濱東一郎は1884年12月から翌年1885年10月の間の約1年の間,医学類の前身の石川県甲種医学校の校長を務めました。このように金沢大学には海外進出の学風があるのです。大学憲章で「東アジアの知の拠点として,グローバル化の進む世界に情報を発信する」と謳っている金沢大学は,海外展開に努めてきました。特に,一昨年,2009年来,アジアを中心とした海外展開を図り,現在,アジアを中心に16カ所の海外事務所を設置し,留学生は概ね500名に至っています。また,海外の31ヵ国1地域,146の大学や研究所と交流協定を結んでいます。昨年には,カンボジアのアンコール遺跡整備公団の協力を得て,全国的にも未だ珍しい大学の組織的海外インターンシップを実施しました。このように,留学生受け入れだけではなく,皆さんが海外でバーチャルではない世界を体験できる機会の提供に努力しています。皆さんの積極的な参加を期待しています。

大量生産,大量消費を特徴とする,これまでの20世紀型工業文明は終焉を迎えようとしています。皆さんが生き抜く21世紀はいかなる世紀なのでしょうか。私は,「切羽詰まっている世紀。そして新しい世界観での希望の世紀」だと思っています。私が小学生・中学生の時代,石油の埋蔵量等について教わりました。埋蔵量は有限であることを知り,将来はどうなるのであろうと思いながらも,これは遠い遠い将来のことと何も気にしませんでした。それから50年,石油の枯渇が現実の問題となってきました。石油を始めとする化石燃料や水資源の枯渇,そしてそれらが関係する気候・環境の激変が,地球さらには人類の存在をも脅かす切実な切羽詰まった問題となり,今,持続可能性があらゆる面で叫ばれ,論じられています。それらの問題を解決するのは,一つは科学技術であり,一つは認識・思考・価値観の大転換,パラダイムシフトでありましよう。今世紀中には,科学技術の発展とパラダイムシフトの延長線上に,新しい世界観に基づく社会・世界,人類を一つと認識できる世界文明,が拓かれていくものと確信しています。

このような時代,皆さんには専門性と専門性の融合が求められるでありましょう。そして,それらを皆さんに指し示すのは教養であります。地球上に生命が誕生してから30億年,ホモサピエンス誕生から20万年,皆さんが生まれてからの年数といった時間軸,また,個人,家族,社会,国家,世界といった空間軸,この時間軸と空間軸の交差を深く考え,自身の位置付けができる力,私はこれを教養といいます。

皆さんは教養を身につけ,自分が何をやりたいかを見つけねばなりません。皆さんのこの様な学びのために,大学は様々な教育プログラムを準備しています。さらに,「金沢市中心部での街中講義」や能登半島に教育研究の拠点,「能登オペレーティング・ユニット」を設け,新たな環境教育の支援組織をつくりました。金沢大学のメインキャンパスがある角間地区は,東京ドーム43個分という,広大な里山に囲まれた自然豊かなキャンパスです。この里山での生物モニタリングや21世紀型里山作りなど,環境をキーワードとした教育研究活動に積極的に参加して下さい。日々の生活も教養の涵養には大切なことです。また,文化やスポーツ等の課外活動を通じ,友情を育んで下さい。先程申したように,外国に出かけ,また,留学生と日常的に交流して下さい。広く多様な学び,深い学び,様々な人との出会い・別れ,喜びや悲しみ,様々な言語や異文化との出会いなど,リアリティーある多様な思考との出会いが,精神力を磨き,教養を涵養するでしょう。

学問や研究を支える力は,自らの関心と興味にあります。フランスの偉大な細菌学者パストゥールは,「人生を科学にささげる人にとって,発見の数がふえること以上に幸福なことはありません。さらに研究結果が,ただちに実地に応用されるのを知ったときには,幸福は最高潮に達するでしょう。“To him who devotes his life to science,nothing can give more happiness than increasing the number of discoveries,but his cup of joy is full when the results of his studies immediately find practical applications.”」(出典:ルイ・パストゥール,ルネ・デュボス著,竹田美文訳)と言っています。明日から始まる大学生活での学びの中で,自らの関心や興味を一層鋭くすることが期待されます。同時に,恐らくは劇的に変化する社会にキチンと目を向け,実社会に参加する準備をして下さい。学生時代,そこには自らが律する時間が沢山あります。今回の大震災からの復興には,多くの事が求められています。復興とは,震災前の状態に単に戻すことではなく,新たな形で,地域を,社会を,ひいては,より強い新しい日本を創造することだと思います。是非,これからの4年間あるいは6年間,このような激動の世界に身を置き,学問はもとより,社会を直視し,復興に参画し,公共心を養い,高い志を持った人として成長されていくことを願っています。

来年迎える創基150年の記念事業の一環として本年秋にアジア5大学学長フォーラムin金沢及びアジア学生フォーラムin金沢を開催します。プラトンの学園アカデメイアは,古代ギリシャ世界における最も整った高等教育機関,いわば世界最初の大学であって,教育・研究の中心をなしていました。それは,アテナイ市の北西,ディピュロン門から1.5Kmの距離に位置し,美しい自然と静寂に囲まれ,果樹の栽培がなされていました。金沢大学が位置する角間は,喧噪の街並みから2km,美しい自然と静寂,果樹園に代わる里山があります。「現代のアカデメイア」として,我ここにありと世界に発信しようではありませんか。

歴史都市金沢,創造都市金沢,そこに位置する金沢大学において学ぶことを誇りとし,充実した大学生活を謳歌され,より強い新しい日本を創造する「彊い金沢大学生」として育っていかれることを祈念し,告辞といたします。

平成23年4月7日

金沢大学長 中村 信一

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